第Ⅵ十Ⅴ話:テスト勉強という名の独占欲?
杏奈との騒動から数ヶ月。
「あー、もうダメ、ムリ。死んだー。」
パタリと机に突っ伏して白旗を揚げているのは杏奈だ。
「だから、まず共通する項を見つけるんだって言ってるだろう?」
「なんて言うか、もう頭痛が痛くなるのよね、数学って。」
日本語もそこそこダメなレベルを征樹に露呈しながらも、文句だけは言い続ける。
「大体、なんで計算にアルファベットが出てくるの?!何?虚数って!真実は何時も一つ!じゃないの?」
何処のちびっこ探偵だ。
現在、二人は目前の試験に向けて勉強中なのだが、杏奈は早々にこの有様だった。
征樹に勉強を教えてもらえるというシュチュエーションに当初は喜びを隠せなかったとはいえ、征樹は案外スパルタ方式という事実がすぐに彼女を現実に引き戻す事に。
「自分から教えろと言ったクセに。」
やれやれと肩を竦める征樹は、自分の勉強に戻っていく。
ただ、他にもこうなった理由が杏奈にもあって、困っていたというのもあったのだ。
それは・・・。
「ねぇ、葵くん、これわかるかな?」
「あぁ、それは・・・。」
「おーい、葵、これなんだけどさぁー。」
「順番で頼む。」
と、このように少しクラス内に馴染めてきた征樹に、勉強の質問をする輩が現れ始めた。
勿論、他のクラスメートと日常会話をする回数は更に増えている。
それが杏奈には嬉しい反面、面白くなくてついつい阻止するように征樹に試験対策を頼んでしまって、現在は自分の心の狭さに少し自己嫌悪。
だがしかし!
面白くないモノは面白くナイ。
「う゛ぅ~。」
鬩ぎ合いになる杏奈。
「どうした?」 「あ、別に・・・。」
周りの人間に応対するようになった影響か、杏奈の様子もまたよく見るようになったらしい。
いや、その逆で・・・だからこそ強く出られなくもあるのだ。
「あとは家でやるか・・・杏奈、帰るよ。」
こう下手に強気(?)に出られたりするところにムカつきながらも、でもついて行ってしまう自分が悲しい。
惚れた弱味っていうのはこういうものなのか?と、一人で自己完結したくなるくらい。
「ちゃんと教えるから。」
それでも優しく(あくまで征樹的に)言ってくる、その有限実行な態度は嬉しい。
もうちょき自分よりだと尚。
「葵くん。」 (来た。)
「奏先輩。」
輪をかけて問題なのはこの奏の方である。
幾度となく校内で征樹に声をかけてくるのだ。
この放課後だけではない。
昼休みもだ。
朝なんか、まるで計ったように校門の前で遭遇する。
いや、計っているに違いない。
杏奈の勘だが。
「これから帰り?あ、あの、私も・・・。」
「どうぞ。」
こうやって奏にも優しいのが癪に障る。
「あ、でも、今日は杏奈と試験勉強するから送って行けないけど。」
相変わらずタメ語で話す征樹。
もはや、敬語で話す事は面倒で放棄したのだろう。
しかし、そんな征樹の事情を知らない杏奈は、それが一層親しげに感じられて、尚気分が悪い。
この頃少し、自分の想いの箍が外れ気味でどうにも持て余してしまう。
「そう・・・なの。その、仲良いのね?」
チラチラと俯き加減に征樹と杏奈を交互に見る奏。
悔しいがその姿は可愛くて、自分には真似出来ないと杏奈は思う。
「一応、幼馴染なんで。」
(よく言った征樹!)
そうだ。
自分はその点で奏よりは遥かに近い距離、立ち位置的に上にいるんだ!ビバ!
ともう何が何やら・・・。
この地位は意外と強みなのは奏にもわかっていた。
「まさか、杏奈の学力がこんなに壊滅的だとは思わなかったから。」
ぐぅさっ!
何時も以上に呆れている征樹の発言に精神的ダメージを受ける杏奈。
もう征樹の発言、考え、行動の全てが杏奈を支配し始めている。
依存にも近い。
(仕方ないよね・・・全部見せちゃったんだもん。でも・・・。)
もし、もし、"征樹があのまま続きを望んだ"ら・・・。
そう想像する。
・・・きっと自分は許してしまっただろう・・・身の軽い女だと思われても。
感涙とともに、受け入れて抱きしめて離さなかったに違いない。
「杏奈?」
「ひっ。」
「顔赤いけど、大丈夫?」
誰のせいだ!と杏奈は心の中で突っ込んだ。
だが、誰のせいでもなく、寧ろ杏奈自身のせいであるのは、明白だった。




