第Ⅵ十Ⅳ話:美女の憂鬱はフラグ前?
「はぁ・・・。」
本日、何度目かの溜め息。
数えると余計にテンションが下がるので、その行為はとっくに放棄した。
居間のテーブルで頬杖をつく静流。
そのメランコリックな姿を見れば、周りにいる男達を何人も魅了できそうではあるが、彼女の頭には一人の人間の事しかなかった。
「なんでこうなっちゃったのかしら?」
原因である人物、征樹を想う。
最初は嫌々だった。
次は驚き、そして同情。
自分に素直に寄り添っている時は母性本能だ。
だが、征樹が他の異性といる時は・・・それは・・・。
「私、征樹君のコト、好き・・・よね?」
自問自答。
心臓という名のエンジンのギアが、ちょっぴり上がったような・・・。
確かにいい子だし、愛情に飢えている分、支えなきゃいけない。
好感は持てるのだ。
「征樹君を・・・愛してる?」
このフレーズに心臓のギアは一気にトップに入る。
鼓動が凄いコトに。
「征樹君を・・・。」
「僕がなんですか?」
「えぇ・・・ちょっと、ね。」
と、はたとそこまで言って静流が止まる。
「征樹君?!何時の間に?!」
「え?たった今、帰って来たんですけど?」
征樹も一応は帰宅の言葉をかけたのだが・・・。
「そ、そう・・・。」
とりあえず、一連の台詞を聞かれなかった事に安堵する。
「あ、あの・・・静流さん?」
「何?」
静流から少し目線を逸らし、照れるようにも見える征樹。
その可愛さに、再び心臓の鼓動が早まる。
「お願いがあるんですけど・・・。」
「お願い?」
これまた珍しい。
というより今まで一度たりとも無かった事だ。
「あ、ダメなら冬子さんに・・・。」 「言ってみて!」
冬子の名前が出た途端、思わず食い気味声を上げ、身を乗り出す。
「え・・・あ、試験が終わって夏休みになったら・・・旅行に行きたいな、と。」
「旅行?!」
征樹と旅行・・・静流にとっては果てしなく舞い上がる、未体験ゾーン。
「うん。"皆"で海にでも行けたらなって・・・。」
「皆で・・・海?」
最初の皆というフレーズでテンションダウン、そして海で更にテンションダウン。
海という事は正式ユニフォーム(?)は水着だ。
自慢じゃないが、学生時代以降、そんなモノを着た事がない。
学生時代ですら、数えるくらいだ。
果たして今、水着姿を征樹に晒す事が出来るだろうか・・・。
女性には色々と準備というものがあるというのに。
そして"皆"という範囲が問題だ。
一体何処までがその範囲に入るのかわからないが、確実に杏奈は面子に入っているだろう。
「最初は山か川にしようと思ってたんだけど・・・。」
「けど?」
誰だ、水着着用を選択したのはと心の中で罵る静流。
「瀬戸さん達を誘ったら、わざわざそんな場所を選んでまで誘わなくていいから、子供らしく海でハジけて"家族旅行"してらっしゃいって・・・。」
「あ・・・。」
征樹の皆の範囲、それは瀬戸と彼女の勤め先の人間も入っていたのだ。
静流も征樹と話しているうちに瀬戸の事は聞いている。
彼女達の中には、内面は完全に女性であったとしても、外見が女性になっているとは限らない。
だからの山や川という選択だったのだろう。
「逆に気を遣わせちゃった・・・。」
征樹が悪いわけではない。
自分を常に気にかけてくれる征樹にとっては、彼女達は家族に近い感覚なのだ。
家族というものの形を少しでも感じさせてくれる人達。
だから彼は彼女達を誘った。
でも、きっと彼が想っているのと同じくらいか、それ以上に彼女達は征樹が大事だっただけ。
互いが自分以上に優先というコト。
そんなしょんぼりする征樹を今、元気づける方法は・・・。
「わかったわ。私が引率ね?いいわよ。」
そう答える自分を甘いと思いつつも、今まで甘やかされていない分、補填しているだけだと更に上書きで言い聞かせながら。
「ありがとう静流さん。早速下調べしないと。」
征樹の笑顔を見ると余計にそう思ってしまうのだった。
「ちゃんとテスト勉強もするのよ?」
笑顔につられて征樹も微笑む。
「はい。初めてだな、"家族旅行"。」
何気ない征樹のその一言がチクリと痛い。
同時に怒りも。
そして、今まで征樹はどのようにして独りの夏休みを過ごしてきたのだろうと考えると、静流は彼を抱きしめたくなる。
それも今すぐ。
「あ、水着・・・・・・まぁ、学校のでいいか。」
「・・・あ~、征樹君?今度一緒に買い物に行きましょうか?」
流石に学校指定水着で海というのもどうかと思った静流は、一石二鳥の気分ですかさずデートを捻じ込んだのだった。
土日更新です。
夏のお約束展開です。
えぇ、ベタですから。




