第ⅥxⅩ話:誰が為に賽は投げられる?
「本当に杏奈だ・・・最近、会ったってヤツから聞いて・・・?」
杏奈にかける声を止めて、チラリと征樹を見る男。
私服姿でわからないが、確実に年上だろう。
と、相手が自分を観察してくる視線と全く同じ視線で征樹も見返す。
少し明るめの茶髪と高めの身長。
体格は全体はそんなに良くはないが、征樹より二回り大きい。
「新しいカレシ?」
どう答えたらいいのか、困ったような視線で杏奈は征樹の様子を見る。
「征樹、この人はね・・・。」 「杏奈のモトカレってヤツ。しかし、懐かしいなぁ、キミ、アレでしょ?コイツ根暗だから大変でしょ?」
杏奈の言葉を遮り、軽薄だが何処か高圧的に喋り出す男。
「別に。それはそれで面白い。」
確かに振り回されて、大変でうんざりする事が多いが、今は悪くないと少しだけ思えるように征樹はなっていた。
だが、男にとってはその答えは満足するようなものでは無かったようだ。
一方、杏奈は征樹の反応に驚きつつも、どう対処したらいいのかわからずにいた。
ただ今回は逃げ出す事は出来ない。
出来るはずがない。
それをしたら、今度こそ本当に二度と征樹に合わせる顔が無くなる。
「へぇ、物好きなんだな。ま、俺も人の事言えないケド。」
相変わらず征樹に対する高圧的な態度は変わらない。
「でも、残念だったなぁ。」 「?」
正直な所、征樹はこの男に全く興味は無い。
高圧的な物言いもスルー出来たが、その口から一方的かつ勝手に語られるのはいい気はしなかった。
"自分は自分でしか語れない。"
何故だか、この時の征樹はそう思えた。
杏奈の口から語られる事、自分が見聞きした彼女。
それ以外の誰かの口から出るのなんて知った事じゃない、と。
「コイツと俺さぁ・・・。」 「寝たの!この人と!」
それだけ知られたくなかった。
「・・・処女じゃないの、アタシ。」
軽蔑されると思ったから。
はしたない女だと思われたくなった。
でも、もうこれで全部が終わり。
ただ杏奈は、どうしてもこの事だけは他人の口からではなく、自分で言う事にした。
征樹に嘘や隠し事だらけのまま、さよならをしたくない。
「だから?」
今まで聞いた事がない征樹の冷たい声に身体が震える。
【拒絶】
恐怖が足元から這い上がる。
まるで底無し沼に足を踏み入れたような。
刹那、征樹が杏奈の手を掴む。
ビルの屋上での時よりももっと強く、痛いくらいに。
「杏奈、帰るぞ。」
そのままぐぃっと引っ張られる。
力強い勢いに杏奈の身体が揺れ、すぐ傍に征樹の顔があった。
「オイ!」
男を完全に無視して去ろうとする征樹の背に投げつけられる声。
「まだ何か用?」
元々、征樹はこの男に何の興味もないのだ。
それよりも久し振りに、征樹は"本気で怒って"いた。
こんなに自覚出来る程、頭に血が昇ったのは何時以来だろう?と自問自答するくらいに。
「今のなんとも思わなかったのか?!」
「あ?別にアンタには関係ないだろう?」
別に相手がどうとかこの際、征樹にはどうでもいい問題だった。
本当にどうでもいい。
目の前の人間が、傷つかなければそれで。
「杏奈は自分で言ったんだ、"アンタの口からじゃなく"自分で。それがどういう意味か、そのくらわかれ。」
言いたくなかった、聞かせたくなかった。
それは何故か?
知られたくなかった事を、杏奈は自分の口から言った。
目の前の杏奈だけが全て、今はそれでいいと征樹は思う。
「アンタは"過去"、でも僕は"今"・・・で、合ってるよな?」
でも、ちょっぴり自信がないので、確認。
格好が悪いけれど、それは仕方ない。
葵 征樹という人間は、自分の価値というモノが全く見出せないのだから。
小さく頷く杏奈の涙を見ながら、征樹は再び男を見る。
「それでも、アンタがまだ杏奈を悲しませたいというなら、僕はどんな手段を使ってもオマエを潰ス。」
抑えきれない衝動が今にも溢れそうになる。
征樹は、ふと思い出していた。
前にこんな風になったのは、"母が助からないだろう"と、そう確信して自分をひたすら責めた時だ。
「帰るよ、杏奈。"僕の家"に・・・。」
今夜は絶対に杏奈から目を離さない。
誰にも興味を持とうとしなかった少年が、母を亡くして以来、初めて誰かに対してそう強く思った瞬間。
ヒロインに処女性が必須だと思ったヤツ、ソコ、正座。
今回の話もさらーっと流して書いているけれど、難しい話ですよね。
まぁ、全力で人を好きになれば、こういう事もあるワケで。
今回はそれとは微妙に違いますが。
結局、今を歩く先を考えられるか否かで・・・。
うん、正座解いてヨシっ(苦笑)
明日も更新。




