第Ⅵ話:バイト先は女の園・・・?
「調子が狂うんだよなァ・・・。」
征樹は皿洗いを続けながら、静流の姿を思い出していた。
「なァに?今日の遅刻の原因?」
「瀬戸さん。」
瀬戸と呼ばれた妙齢の女性は、クスリと微笑みかけてくる。
黒地に金の蝶が舞った着物。
「えぇ。なんだろう、美人は瀬戸さんで見慣れているハズなんだけどなぁ。」
スッキリと細く潤んだ瞳。
口元のホクロに惹かれると視界に入る厚めの真紅の唇に白い肌。
和服美人の形容がそっくりそのまま当てはまる。
「アオイちゃんも言う様になったわねェ。」
「会った時から言ってますよ?あぁ、でも美人は3日で飽きるっていうのだけは嘘だと学習したかな。」
この飲み屋・・・正確には小さな会員制高級クラブらしいのだが、征樹には良く理解できてない。
逆にこの会員制のお陰で、征樹くらいの年齢が皿洗い小僧を裏でやっていても誰も何も言ってこないし、誰かに漏れる心配が無くていいくらい程度の認識だ。
「あぁ、そんなのは顔だけの女よっ。本当のイイオンナは他で飽きさせないの。体験してみる?」
瀬戸の後ろから、スミレ色のチャイナ服を着た人物と赤のノースリーブのロングドレスを着た人物が割り込んで来る。
クラブという事もあってか、化粧は濃いが二人の共通点は服の裾の大きなスリットが入っていて、太ももがのぞいている点と・・・。
「アンタね、工事だって終わってないのにアオイ君を誑かすなんてトラウマになったらどうすんのよ!アオイちゃーん、お姉さんならちゃんと穴三つ使えるから大丈夫よー。」
・・・二人共"ニューハーフ"という事だろうか。
いや、三人共だ。
「二人共、下品なコト言ってないで、さっさかとフロアに行く。それにアオイちゃんは未成年。犯罪よ?そういうのは、アオイちゃんが顔を赤らめながら、お願いしてきたらにしなさい。」
あっさりと言ってのけて、瀬戸は二人にひらひらと手を振って追い出す。
「僕、一体、どんなキャラですか・・・ソレって。」
呆れて言葉も出せない程の脱力。
「みんな偏見を持たずに最初から女性扱いしてくれるアオイちゃんにメロメロなのよ。」
クスリと微笑む瀬戸を見ていると何時も思う事がある。
彼女(?)吐息には媚薬か何かが含まれてるんじゃないかと。
「だって瀬戸さん達は自分達を女性と認識して身体も心もそうなろうと、女性でありたいと思って行動してるんでしょう?それならば、周りの人間も女性と認識して扱うのが普通で、何も矛盾はないし、議論を差し挟む余地はないでしょう?」
何ら問題なく、ごく自然で正論ではないか。
征樹はそう考えている。
「第一、僕だって自分を男性だ、男性であろうとか考えながら生きてないし、女性だって多分そんな人ほとんどいないだろうし、だったらよっぽど瀬戸さん達のが女性として素晴らしいんじゃないかなぁ。」
征樹はここで皿洗いを始めてから、いや瀬戸を紹介された時から何度も考えて至った結論を再度口に出す。
「だからよ。全くアオイちゃんのがよっぽど大人だわ。自分のちゃんとした意見があるんだもの。」
征樹にしな垂れかかってくる瀬戸の重みをなるべく顔に出さないように様に皿洗いを続ける。
何かしらの反応があったら、すぐさまこの人はからかいにくるに違いないと解っているからだ。
「どうせ、僕はガキですよ。こうやって口に出すだけで大した事を出来るワケじゃないし、大家である瀬戸さんにも迷惑かけっぱなしだし。」
「アラ、少なくともアオイちゃんのパパ、ママよりは手がかからなくってよ?」
耳元に息をかけるのは反則だと思いながらも我慢我慢だ。
なんでも瀬戸は、母の幼馴染で父の同級生らしい。
あのスチャラカ主義なのに仕事一辺倒というふり幅に矛盾が生じるくらい激しさでは、天下一品のワケわからん父親が唯一頭の上がらない存在らしい。
「それ・・・褒めてます?」
思わず皿から目を離し、瀬戸の瞳をまじまじと見る。
一瞬、喰われる!とそんな錯覚に陥ったが、何とか堪える事が出来た。
主に悲鳴とか。
瀬戸の美しさは、ある意味性別を超えている気が征樹はしている。
(いや、性別を超えて女になったのか・・・。)
「褒めてるわよ~。だから、アオイちゃんがお願いしたら考えちゃう♪」
考えるだけならまだマシだ。
ただ想像はしたくないと征樹は思った。
「褒める事とつながってませんよ。確かに瀬戸さんには皿洗いのバイトをさせてもらって、感謝してますけど。」
「あ、そうそう、ハイ、これバイト代。あのね、昭和初期じゃないんだから、中学生に仕事して食い扶持稼げっていう親のがアタマがオカシイのヨ。しかもちゃんと立派な弁護士って職業で。だからお手伝い感覚で、遊びにきなさいって何時も言ってるでしょう?」
給料袋の封筒・・・ポチ袋に大入りと書いてある物を征樹に渡すと、瀬戸は征樹の頭を撫で始めた。
「こっちだって、アオイちゃんが来るのをそれなりに楽しみにしてるんだからさ。」
にっこりと微笑む瀬戸の顔をマジマジと眺める。
「う~ん・・・。」
何やらポカポカしてくるなと征樹は思った。
『これから、お夕飯だけは一緒に食べるってのはどう?』
静流の言葉が撫で回されている征樹の脳裏に過ぎり、今の現状ごと一緒に整理されていく。
「そっか・・・。」
意外と自分、抜けてんだ。と認識。
「どしたの?」
「"母さん"とか"姉さん"とか、"家族"みたいなのって、こんな感じに似てるんだね・・・。」
「アオイちゃん・・・。」
瀬戸は征樹の言葉を聞くと、少し困った様に眉をしかめた。
しかめっ面まで美人なのは、流石である。
「気づかないもんだね。ん~、瀬戸さんがお母さんだと、ちょっと美人過ぎて勿体ない感じがするね?」
にっこりと微笑んで何でも誤魔化すのが征樹の悪い癖だ。
「まぁ、産めない身体に子供がいるってのは、いい気分ね。ウチのコになっちゃう?」
「あはは。でも、僕が今ここにいるのが母さんが生きたってコトだから、簡単に瀬戸さんちの子になれないかな。」
そう返したら、瀬戸はまた征樹の頭を撫で回し始めた。
征樹はまた心がポカポカした気がした。




