第Ⅴ十Ⅴ話:そのテの趣味ってどのテの趣味?
三者三様に固まって驚いていたのだが、誰もが征樹のその発言の真意を問いただしたい気分に駆られていた。
だが、当の征樹はそれ程衝撃的な発言をした表情はしてなかった。
征樹にとってみれば、問われた事に正直に答えただけだから。
その様子を見て、杏奈は特に特別な何かがあるわけではないと判断して(だけど警戒して)落ち着きをすぐに取り戻した。
多少、征樹の顔が赤く感じられたが、食事の内容と食後という事もあるのだろうと黙殺する。
そして、杏奈のその姿を見て、連鎖的に奏も落ち着きを取り戻したのだった。
パニックは伝染するというけれど、その逆も連鎖するようだ。
が、一人だけ落ち着きが取り戻せない者がいた。
説明の必要もなく静流だ。
(征樹君が私を見てドキドキ・・・私を・・・見て・・・。)
自分の今までの行いをすぐに顧みれば、嫌でも誰もが女性を意識するという事に辿りつくのだが。
どうも最近、征樹が関する事には、冷静な判断がつきづらく、時には我を忘れて一喜一憂してしまう。
先程も一瞬固まった後、顔をほんのり赤らめた征樹を全力で抱きしめてしまいそうになったくらいだ。
それ以前に自分が悶えそうになった。
「静流さん、二人を送ってきますから。」
征樹のその一言があって、彼等が居なくなる頃合いになってようやく思考が元に戻る。
ちなみに、それ以前の受け答えは万事が万事うわの空だった。
「私、こんなに大人気無かったかしら・・・。」
ふと、こんな事を呟く静流に応える者はいないが、贈る言葉があるとしたら"恋は盲目"以外はないだろう。
「けれど・・・あの娘・・・。」
静流はとりあえず、今日一日。
特に征樹が帰宅してからを思い返す。
あの少女が征樹の事を好きだというのは理解した。
だが、色々と釈然としない事が多々あって、徐に立ち上がって居間を出る。
行き先は・・・征樹の部屋だ。
「失礼します・・・。」
誰も居ないのがわかっているのに、小声と忍び足で彼の部屋に入る。
「征樹君の部屋。」
ゴクリと唾を呑み、思わず部屋の匂いを嗅いで深呼吸。
特異な趣味の人に仲間入りしそうである。
片付けられた物の少ない簡素な部屋を見回し、そして漁り始める。
「えっちな本とか見つけたらどうしようかしら・・・。」
是非、何事も無かったかのようにそっとして置いて欲しい。
それが武士の情け、寧ろ、それが正義だと思って頂きたい。
と、まぁ、征樹もお年頃である。
そのテの本の一冊や二冊・・・そしてそれを使って・・・。
「・・・私がいるのに・・・って、何言ってるの私!」
慌てて思考の外に"ソレ"を追い出し、部屋のチェックを再開する。
奏の言動は余りにもプライベートに近過ぎる。
彼女は杏奈と違って征樹の顔見知りではないし、普段から征樹と会話している間柄じゃない。
もしかしたら、半ばストーカー化しているのではないだろうか?
征樹のリアクションを見て、更にその思いは強まり、一応盗聴の線をまず疑っているところだ。
この家に来るのが、初めてだったとしても何があるかわからない。
怪しい所をとりあず探して行く。
コンセント・ケーブル周り、家具の隙間、ベッドの下(そのテの本は無かった)。
そして、とある場所にさしかかり、静流の手が止まる。
「これは・・・。」
息を呑む静流の手が震えながら伸ばされ・・・。
「ただいま。」
玄関から声にビクリと身体が反応する。
(ま、ま、征樹君っ?!)
大急ぎで征樹の部屋を後にし、廊下へ転げ出る。
「お、おかえりなさい。」
と、言いつつ、素早く身体の半分を自分の部屋へ。
「お風呂まだなのもう少し待ってね。」
「あ、先にどうぞ・・・。」
そう言うだけ言って、静流の反応も聞かず、部屋に入って行く。
どことなく不自然だったが、今は静流の方が不自然で冷静ではなかったから、全く気づく事はなかった。
たっぷり十秒以上、征樹の部屋の扉を眺めた後、自分も部屋に入り扉を閉める。
どうやら征樹の部屋に無断で入った事はバレなかったようだ。
「良かった・・・・・・?」
静流はふと、自分が何かを握り締めている事に気づいた。
「・・・あ。」
征樹の下着である。
しかも、上ではなくて下。
最後に開けたタンスの引き出しに下着がしまってあり、丁度その時に征樹が帰ってきた混乱の最中に持ち出してしまったらしい。
「・・・征樹君の匂い・・・するかしら・・・。」
奏のストーカーどうこう言う前に、完全に特異な趣味な人の発言にしか聞こえなかった。
あの、今回の静流さんは特定の状況で視野狭窄な人なだけですからね?
一種のはしかだと思ってあげて下さいね?(苦笑)




