第ⅩⅩⅩⅩⅩⅡ話:食卓を制する者は?(挿入後)
「あの・・・さ、そろそろお腹が、ね。夕飯作りたいんだけれど。」
三人の会話が丁度途切れた直後に、征樹が顔だけをひょっこりと覗かせる。
この家はダイニングキッチンと和室がL字型に一つなぎで配置されているせいで、夕飯を作る為には三人がいる居間の空間に足を踏み入れないといけないのだ。
その為に顔を恐る恐るだが、覗かせた。
「え?そんな時間?あ、本当だ。」
会話の内容はそれほど濃いものではなかったが、緊迫したというか、オーラが充満するくらいで、意外と時間が経っていた事に杏奈は驚いた。
「私ったら、ご、ごめんなさいっ。」
「いや・・・。」
謝られても当の征樹は困るだけである。
ここに案内したのは、征樹自身なのだから。
しかし、彼は余り生活サイクルをズラさないように努めていた。
独り暮らしは、そういう生活サイクルが乱れ易くなりがちだ、そうならない為にも規則正しい生活を、と。
「あ、私がお夕飯を作るのは、どうですか・・・?その、お詫びに・・・。」
後半は酷く尻すぼみだったが、奏としてはこれでも精一杯の力を込めて言ったつもりだった。
何より、征樹がフリーだと発覚した今、少しでも彼に自分を印象づけなければ!
「ど、どうでしょうか?」
更に力を(奏的には)込めて言う。
それとは裏腹に、おどおどと上目遣いに征樹の返事を待つ奏に征樹自身は困惑していた。
これ以上、どたばたとするのも嫌だが、かと言ってこの申し出を断るのもどうかと思ったからだ。
今までの自分であったら、あっさり却下して奏も杏奈も追い出しているはずだ。
いや、恋愛相談に乗ろうとすらしなかっただろう事は明白。
自分でも無理に変わろうとは、思ってはいないのだが・・・。
「じゃあ、折角だから・・・先輩にお願いしようかな。」
あっさりととは言わないが、折れた。
これも円滑な人間関係の形成に必要なんだろうな、と自分に言い聞かせながら。
「本当?!私、頑張るから!じゃ、じゃあ、"カレー"でいいかなっ?好きだよね、カレー。」
「え、あ、はい。」
唐突の勢いに押されてしまう征樹。
カレー如きにそんな力を込めなくても・・・というか、頑張って作るようなものだろうか?
別に人気店のカレーを再現しろというワケじゃないんだし・・・。
(普通の家庭料理のカレーでいいんだけれど・・・。)
カレーに力を込めているのではなく、"征樹に料理を食べて貰える"という事象に力が入っているのとは露とも知らず。
征樹の思考には、ちゃあんと奏には好きな男性がいるという事はインプットされているのが、余計に征樹の判断を方向音痴にさせていく。
「お台所借りるね。」
そう言うとさっさと台所に引っ込む奏の姿を見送って・・・。
「・・・あれ?二人とも、僕がカレー好きなの話した?」
くるりと先程までの自分と同じ様に呆気に取られている二人に向き直る。
征樹が自分で言った事はないのだから、情報源はこの二人のどちらか、或いは両方という事になる。
「え?あ、あぁ、うん。ちょっとそんな話にね、ね?静流さん。」
慌てて杏奈は、静流に同意を求める。
勿論、そんな話題などこれっぽっちもしていない。
「ね?」 「え?あ、あぁ、そうね。」
杏奈のただならぬ気配に機械的に頷く静流。
元々、静流は嘘をつくような事は苦手で、すぐに顔に出るのだ。
弁護士という職業柄、勘違いされやすいが弁護士は聞かなければ言わないだけという事ぐらしかしない。
ちなみに当然、彼女もカレーの話題などしていない。
「ふーん、意外と色んな話をしたんだね。」
正直、自分のいない所で話題にされるのは気分が良いものではなかったが、これも人と関われば良きにしろ悪しきにしろある事なのだろうと自分の中で納得する。
なるべく後者は遠慮したかったが。
もっとも、話題の全てが征樹に関してだったとまでは思わない。
「まぁ、いいか。カレーが好きなのは事実だし、悪い事じゃないか。」
目くじらを立てる事でもない。
「あ、お肉は鶏肉の方がいいんだよね?」
ひょこっと台所の扉から、顔だけを覗かせる奏。
先程の大人しい態度は何処へやら、今は全体的に活き活きとしていた。
「あ、うん。」
征樹の返事を聞くや否や、すぐさま顔が引っ込む。
それを確認して、首を傾げる征樹。
「・・・・・・あれも三人で話したの?」
まさか具の中身、肉の種類の好みまで話題にしているとは、少しマニアックではないだろうか?と。
「あはは、何かね、流れで。いーじゃん、好みのカレーが食べれて。」
口では笑いながら言う杏奈だったが、脳内では最大レベルの警戒音が鳴り響いていた。
一体、どれほど奏は征樹の事を知っているのだろうか?
しかも、食の好みなどというのは・・・。
昔から、胃袋を食卓を制するものは、男を制する事が出来るとなんとなく聞いた事があるのを思い出す。
「そういう問題なのか?」
その場にいて、さしたる疑問を持たなかったのは、征樹だけだった。




