第ⅩⅩⅩⅩⅨ話:逃げ出したいvs近づきたい。
奏は頭の中がぐるぐるとしていた。
混乱の極地。
目の前の少年、葵 征樹がここにいる理由は理解出来ている。
自分が元々、屋上に呼んだのだから。
混乱してぐるぐるしていた最大の原因は、征樹の差し出された手に。
よりによって、好意を寄せている相手に。
(吐くなんてコト・・・。)
最悪である。
千年もの恋も覚めようかという大失態!
確実に嫌われた!
きっと今頃、自分を"汚物女"ぐらいに思っているに違いない、と。
実際は奏が思った以上に征樹は冷静で、どちらかというと何も思ってなかったのだが。
そんな状況で、ドアップで、しかも自分の額に手を触れた。
ファーストコンタクト、まさに未知との遭遇である。
もうどうしたらいいか、何を喋ったらいいのか。
しかも、トドメは自分の出したラブレター。
(ここから逃げ出したい、いなくなりたいっ!)
奏がそう思っても仕方ない事が、たて続けに起こってしまったのだった。
そんな中でも常に冷静なマイペースな征樹は用件を片そうとするのだから、無体なものである。
「ごめんなさい。」
(えっ?!)
唐突の謝罪。
(告白する前に・・・断られ・・・た?)
奏はそう思った。
予想の範囲内ではあったが、やはりショックはショックだ。
(でも・・・葵くんには、あんなに可愛い彼女さんがいるもんね・・・。)
活動的で愛らしい彼女は、自分と全く以って正反対だったから。
勝負にすらならないと奏は思っていた。
「差出人が書いてなかったから読んでしまって、それでこの手紙を返しに。間違ったまま気づかないってのもアレだから。」
謝罪の言葉に続く説明。
その違和感。
「間違い?」
思わず奏は征樹を見上げる。
「これ、間違って僕の下駄箱に入ってたから。」
ようやく何かがおかしいと、流石の奏も気づく。
一方、征樹はさっさかと説明、言い訳ともいうが、言ってしまおうと思っていて、奏の反応に気づかない。
「どうして間違いって・・・?」
何故、こんな事に?
奏はその原因を確かめようとする。
「え?そりゃわかるでしょ、だって僕は彼女いないから。」
「え・・・。」
認識の齟齬から生まれる、更なる認識の齟齬。
まさに勘違いスパイラル発生。
(言ってて微妙だよね。)
胸を張っての彼女いない宣言。
そのあまりの微妙さに苦笑する征樹。
(あんなに親しげにしてたのに・・・彼女じゃない?)
奏は自分の勘違いに気づいても後の祭り、征樹はもう奏の書いたラブレターを自分宛ではないと認識してしまったのである。
だが、じゃあ何時も一緒にいる、あの女の子は誰?どんな関係なの?と、新たな疑問が生まれる。
自慢じゃないが、奏は同年代の他の誰よりも征樹を知っている自信があった。
恐らく学校一なくらいに。
「先輩?」
固まったまま動かなくなった奏に征樹は心配そうに声をかける。
まさか、また吐いてしまうのではないかと思ったからだ。
もはや征樹の中では、奏は身体の弱い人物というレッテルがべったりと貼り付けられている。
「届けてくれて、ありがとう。」
震える手で征樹から、手紙を受け取って・・・。
(これを受け取って・・・。)
それで、自分と征樹との接点は終わり。
そう思うと、思わず手紙ごと征樹の手を握ってしまう。
「?」
心配そうな表情の征樹。
この表情も二度と見られない。
征樹が自分を見る事は限りなくゼロになってしまうという事実。
今までと同じように。
(そんなのイヤッ!!)
次の瞬間、奏は自分でも思ってみなかった事を口にしていた。
「葵くん、私の・・・相談に乗ってくれる?」




