第ⅩⅩⅩⅩⅧ話:先入観は齟齬のモト。
意外だった。
それが感想。
流しで手を洗いながら、征樹は考える。
"こういう事"になっても少女に嫌悪感を持たなかったし、冷静に処理出来たと自分でも思う。
別段、汚いなとど思う暇も無かった。
そうりゃそうだと一人、納得するくらい。
これを汚いと思ったら、世の中に"介護士"なんて人材は一人もいなくなるし、何より"自分も一度やらかしている"のだ。
「手、洗ったらコップ持っていくから、口を漱ごうね。」
そう少女に(征樹にしては)珍しく優しく言えた。
正直な所、この程度で先程まで征樹が抱いていた尊敬の念は崩れたりせず、寧ろそういう緊張する原因があったからこそ、起こった結果として理解・処理出来る。
「あ、あの・・・。」
「謝らなくていいから。」
少女の言葉より先に言う征樹は、そのまま水を注いだコップを洗面器と一緒に少女の元に持って行き、手渡す。
「でも、次からこっちにね。制服汚れなかった?」
コクリと少女が頷くのを確認すると、征樹は彼女が見えなくなる位置まで離れた。
普段の彼には有り得ない程の気遣いだ。
(厄介ごとに巻き込まれたというなら、手紙を持った時点で、か。)
厄介ごとの延長線上、未だ途中。
そう考えると諦めも整理もつく。
「あ、名前は?」
手紙に差出人の名など無かった。
「四之宮 奏です。あの、3年の。」
年上だった!
頭の中で同学年以下だと完全に思い込んでいた征樹は、慌ててその認識を改めようと試みる。
「落ち着いた?」
せめて丁寧語を、と思ったがそう簡単に修正できず、奏からコップを受け取る。
(そういえば、故意に相手に向けた吐瀉物は傷害の要件を満たすんだっけ。)
酷い思考もあったものだ。
「ん?」
奏の顔色が悪くなっている気がすると、征樹は感じた。
「あっ。」 「・・・熱はないか。」
許可を取る事なく奏の額に手をあて、熱を計る征樹。
「顔色が蒼くなったり、赤くなったりしているのに。」
青は別として、赤の原因は征樹にあるという自覚は全くない。
当然だ。
「あぁ、僕は葵 征樹。」
初対面の人間にこうも馴れ馴れしくされたのでは、驚くだろうと考えた征樹は、自分も自己紹介する。
「何でこんな所にいるかと言うと、コレ、貴女のでしょう?」
やっかい事はさっさと処理すべきと思考を切り替え、制服の内ポケットにあった手紙を取り出し、相手に見せる。
「あ。」
思ったより少なかった奏のリアクションに拍子抜けをしてしまう征樹。
奏は奏で征樹から視線を逸らし、俯いてしまう。
「あの、これの事で話があって・・・出したの四之宮先輩ですよね?」
もう一度、今度はきちんと苗字を呼んで問いかける。
ここで確認しないと、人違いをしてしまう事になる。
他人のラブレターを突き出してといて、人違いも何もあったものではないが。
「違うの?」
征樹の声に俯いたまま、ブンブンと首を振る奏。
「良かった。人違いなのかと。」
それはそれで、また差出人から探し出すハメになって大変だ。
征樹はその途中で自分が諦めて、投げ出してしまう様を容易に想像出来た。
「で、コレ、読んで・・・って、先輩を探しにここまで来られたんだから、そんなのは言われなくても解るか。」
流石に言い出しづらいがさっきも言った通り、自分がここにいる時点で中身を見てしまった事は、バレバレなのだがら、ここは潔くするしかないと腹を括る。
「ごめんなさい。」




