第ⅩⅩⅩⅩⅤ話:伝える側、受け取る側。
「ラブレター・・・か。」
夕食を済ませ、杏奈を送った後。
征樹は一人、寝室に籠もっていた。
目の前で、封筒を蛍光灯の光に透かしてみる。
別にそれで何が変わるわけでも当然ない。
「征樹くん?」
扉の向こうで静流の呼ぶ声。
ふと、征樹は静流と話してみたいという気持ちに駆られた。
一人で考えても、光明が見えて来なかったからというのもあって・・・。
「入ってきていいですよ。」
恐る恐る寝室を覗き込むように入って来る静流に、征樹は思わず笑みがこぼれる。
そういえば、初めて(征樹が)キスをしたあのパプニング満載な日から、この部屋に一緒になるのは初めてだったのを思い出した。
「ねぇ、静流さん?」
苦笑しつつ、静流を手招きしながら彼女に語りかける征樹。
「静流さんは、ラブレターって書いた事ある?」
「え?!」
沈み込むベッドのマットレスと驚きの声。
問われた方の静流は、思わず考え込んだ。
今までの人生で、同性・異性構わず腐る程ラブレターを貰う事があっても、自分から出した事など、一度も無かった。
「・・・ないかしら。」
「そう・・・凄いよね?」
一瞬、貰ってばかりいる事を指しているのかと静流は思ったが、そこまで征樹に説明していない事に気づく。
「これを書くのに、どれだけの想いを込めたんだろう・・・。ましてや、出すのにはどれだけの勇気が要るんだろう?」
率直な疑問。
征樹のその率直な疑問に答えられない静流。
今まで、静流自身がそんな風に考えた事は無かった。
毎度の事のようにある手紙にうんざりするくらいで。
「・・・僕には、全くわからないや。」
出す側、出される側、そのどちらの気持ちもわからない。
それは静流も同じだった。
だが、二人のこの認識には決定的な差異が存在する。
「手紙にしたら・・・口に出したら、やっぱり変わるのかな?」
それは、征樹は"自分が誰かに好かれる人間ではない。"という認識を前提として持っているというコト。
この前提が強固なせいで、現状のような問題が発生しているワケなのだが。
「どうかしら。例え伝えても相手が受け取る気がない場合だってあるわ。」
静流の場合、大半がそういう処理をしていた。
「でも・・・少しは気にかけてもらえるのかな・・・あの父さんにも・・・。」
征樹の呻くような一言の重さに、静流は自分の述べた言葉が失言だったという事に気づく。
まさに言葉に出しても、相手がきちんと受け取らないと伝わらないという事の体現。
(困ったわ・・・。)
何時も冷静沈着な静流だが、フォローを、フォローをと頭の中で念仏の様に唱えても、何も出てこなかった。
ただ、表情だけは至ってクールには装えたが。
「今は・・・事情も違うけどね。」
にっこりと微笑む征樹に、静流の唱えていた(?)念仏が吹っ飛んだ。
「そうね、ちゃんと言う事も大事ね。私はちゃんと征樹くんの傍にいるわよ?ほら。」
征樹の肩を抱き、彼の頭を自分の肩口にまで引き寄せる静流。
それは不思議と自然な振る舞いで、当の征樹自身も不思議と嫌だとは思わなかった。
「ありがとう、静流さん。」
余り恥ずかしさを感じる事無く、征樹は身体を静流に寄せ、彼女を見上げる。
上目遣いで静流を見る征樹。
が。
「さ、さぁ、お風呂に入って寝ましょう?明日も学校なんだし。」
自然さがあっという間に不自然さとぎこちなさに変わり、ぱっと二人は離れる。
(あ、危なかった・・・。)
寄り添って、仔犬のように見つめられた静流は、思わず完全に理性が飛びそうになったのだ。
まさか、自分がこんなに精神的に弱い人間などと思わなかった静流は、自分で自分に驚く。
征樹と出会ってから、こういう方面は本当に驚かされっぱなしで、自分の事なのに新発見だらけだった。
(・・・今度のは、キスだけじゃ済まなかったカモ・・・。)
かといって、征樹の温もりは名残惜しく・・・。
この後、征樹は明日の事に対して、静流はそれとは全く関係ない事で悶々とした一晩を過ごすのであった。
ラブレターじゃなくてもいいです・・・励ましの言葉をクダサイ。(苦笑)




