第ⅩⅩⅩⅩⅣ話:出会い頭のごっつんこ協定?
「?」
静流は一人、疑問に首を傾げていた。
何時もだったら、征樹が帰宅をして"おかえりなさい"の言葉に照れる彼を眺めて、心の中で悶えている時間だった。
しかし、今日はそんな暇も素振りさえもなく。
杏奈と一緒に帰宅する時点で、気にくわなかったがそこは大人、顔には微塵も出さない。
二人の談笑にイラっときて、しばしば割り込んだりするのは別として。
しかし、今日の二人は帰宅してからずっと無言のままなのだ。
流石にこれは気になる。
征樹は顔を俯かせ、杏奈もそれを覗き込むような形。
静流も気になって、遠目から彼の手元を覗き込んでみるのだが・・・。
「う~ん、困った。」
唐突に唸りだした征樹の声にビクリと反応して、思わず距離を取る静流の姿は非常に不自然で怪しい。
「何を困るのさ。」
ちょっとキツめ、微妙に批判的な声を上げる杏奈の言葉。
頷く静流。
"何"という単語、"What"がある分、征樹は具体的に答えるだろう。
そうすれば静流だって、二人が何をしているか解るかも知れないからだ。
「いや、だって・・・ナァ。」
言葉を濁す声に残念そうな視線を送る静流は、本当に大人気なかった。
「勝手に見ちゃったし、悪いコトしたナァ。」
「は?」
予想だにしない発言。
杏奈にとっては、理解出来ない言葉だった。
「でも、知らんぷりは出来ないよな。事実、今、コレ、僕が持ってるんだし、辻褄が合わなくなる。」
「征樹・・・何を言っているの?」
こっちの方が辻褄が合わないと、聞き返した杏奈の様子がこれなのだから、遠巻きに見ていた静流には理解出来るはずがない。
「いや、だから他人宛のラブレター見ちゃったじゃないか、どうにかしないとさ。」 「はぁ?!」 「ラブレター?!」
ちょっとキレ気味の杏奈の後ろから、一際大きな声が上がる。
「あ、ご、ごめんなさい。」
大声に驚いて振り返った二人の視線が、静流に集中すると小さくなって謝る。
バレたのだから仕方がない。
「いや、構わないけれど。」
「大体、なんでそうなるのさ?」
ラブレターが自分宛という観点が全くない征樹に呆れる杏奈。
彼女の呆れた視線を受けても、平然とした表情を崩さない征樹も大したものである。
「ここに"彼女がいるのは知っていますが"ってあるし。」
「・・・。」 「・・・。」
ラブレターの一部分を指差した状態のまま、三人の間に落ちる沈黙。
(それは・・・。) (それって・・・。)
二人にはぴんっと来る事があった。
こんなものは、女の勘にすら値しない。
(まさか私のコトじゃ・・・。) (まさか杏奈さんの事じゃ。)
静流は恐る恐る杏奈の横顔を見る。
愛嬌のある笑顔とさっぱりした性格、スタイルだって思春期の男の子受けする・・・。
"焦り。"
まさか、自分の知らないところで杏奈と・・・もう・・と、脳裏を過る。
視線を感じた杏奈が顔を赤く染めた時は、足元が絶望で震えた。
「僕、彼女なんていないしね。」
「あぁ・・・。」
思わず溜め息をついたのが、二人のどちらかは言う必要もない。
"どちらもだ。"
溜め息の内容は落胆と安堵の差は存在していたけれど。
(そうだよね・・・。)
落胆側の杏奈は、突きつけられた事実を再認識する。
別に彼女の座という高望みは最初からしていない杏奈だったのだが、一抹の寂しさを感じるのはどうしようもない。
「僕の下駄箱の右は隣のクラスの女子だから、上・左・下の誰だろう?相田君かナァ?」
100%間違いラブレターで決定している征樹は、スポーツマンの相田氏を思い出していた。
「とりあえず、明日書いてある場所に行って、間違えた事と読んじゃった事を謝らないと・・・。」
「え゛?」 「え?」
征樹の不用意な呟きに思わず、静流と杏奈は見つめ合い、そして互いにどちらともなく頷く。
今、ここに紳士協定ならぬ、淑女協定が結ばれた瞬間だった。
ちなみに作者の中学時代の下駄箱は、扉がなくてバレンタインとラブレターは大変でした(何が?)




