第ⅩⅩⅩⅩⅢ話:そうそう落ちてるワケもなく。
放課後。
一方で征樹も自分の現状にとまどっていた。
征樹個人にしてみれば、特段何が変わったという事じゃない。
ただ杏奈の呼び方が親しげになり、態度が更に尊大になったくらい。
(・・・今に始まった事じゃないか。)
酷い言われようではある。
もう一つは家に静流がいるという事。
こちらは最近になって加わった。
数週間経っても、これには全く慣れていないのだ。
(まぁ、家に突然美人が来て、同居となったら普通そうか。)
腐っても思春期。
ドキドキした挙句に鼻血が出そうになったりと、心臓に悪い事は何度もあったからだ。
「ちょっぴり後悔。」
「何がさ?」
相変わらず、杏奈は言葉の端をよく聞いているなと征樹は思ったが、それは相手が自分をよく見ているという事に他ならないとは結びつかなかった。
「杏奈に鍵を渡したコトを。」
「い、今更、返せって言ったって返さないからねっ。」
素早く制服のスカートを押さえる。
どうやら、その位置にポケットか何かがあって、鍵はそこにあるらしい。
征樹は女子の学生服の構造は随分と男のそれと違うんだなと、ぼんやり思っていた。
「元々、僕の物なんだけどね。そんな事は言わないよ。」
ちなみにこれに近い、鍵を返す返さないの話はこの今日まで何度も放課後に行われていたりもする。
大半が、鍵を自分が持っていいのかと不安になった杏奈が、確認しようとして質問を繰り返し、征樹が怒りだすという展開だ。
「杏奈の名前が書いてあるんだから、もう杏奈のものだ。」
「そ、そうだよねっ。」
この台詞も何度となく使われている。
「ま、最終手段として、玄関の鍵自体を換えるというテもあるけどね。」
不敵に笑う征樹。
「うぐ・・・そうされないように気ヲツケマス。」
流石にそこまでされると杏奈も立ち直れない。
何より、征樹に嫌われているという事だから。
大人しく返事をするしかなかった。
「あぁ、今日、夕食食べに来るか?」「行くッ!」
即答である。
今まで何回か征樹に夕食を誘われる事があったが、その全てに即答でオーケーしている。
何回誘われても慣れる事なく舞い上がってしまう杏奈。
征樹が自発的に自分を選んで誘ってくれているという事実だけが杏奈の全てだ。
「・・・あれから食費の心配しなくていいから、楽だナァ。」
静流は食費を負担してくれた。
流石に征樹の負担を増やすのは、大人として余りにも問題だというのだ。
それどころか、征樹の食費も負担してくれた。
征樹もそこまではと、初めのうちは断ったのだが頑として静流は引かず、家賃という事で双方落ち着いたのだ。
とはいえ、食費の心配が無くなってもバイトという名の瀬戸の手伝いを征樹がやめる事は無かったが。
それはそれで、子供精一杯の恩返しとして征樹には譲れなかったから。
「アタシも少し出した方がいい・・・かな?」
浮かれ過ぎてそこまで今の今まで気が回らなかった杏奈は自分は甘え過ぎなのだと反省する。
「杏奈にしては殊勝だけど、殊勝過ぎて気持ち悪いから遠慮しておく。」
この言葉が征樹の優しさなのか、ただの性格の悪さなのかは甚だ判断の難しいところである。
「何だよソレー。また首しめちゃうぞー。」
「あれも痛気持ちいいから微妙だナァ。」
全く意に介す事もなく、征樹は自分の下駄箱を開ける。
「このエロガキ。」
いーだっと顔をしかめる杏奈、苦笑する征樹。
「あ。」
苦笑した表情のまま、動きが止まる。
その動きは余りに不自然で・・・。
更新予定通り、二日日間連続更新になります。




