第ⅩⅩⅩⅩⅠ話:傍らに誰かがいるということ。
「急性神経性胃炎ねぇ・・・。」
杏奈のジト目で見られながら、征樹は卵雑炊をレンゲですする。
非常にシンプルな味と共に、ほどよい熱が食道から胃までを下りていく。
「自分でも、何処にそんな繊細さがあったのかと思ってる。」
まるで、出来の悪いミステリーを見たとでも言いたげな口調で吐いた後、再び卵雑炊をすする。
あの後、どうやってもロマンチックな展開になるワケでもなく、胃に刺すような痛みとともに征樹はベッドで悶絶するハメになった。
わけもわからずにうろたえる静流に代わって冬子の車で病院に担ぎ込まれ、杏奈の言ったような診断が下されたのだった。
今は、自宅のベッドの上だ。
結局、翌日の学校は欠席。
そうなると、杏奈は当然気になって訪問。
そういう流れだ。
「で、ストレスの原因は?」
この途中の過程をスッ飛ばすのは、合理的なのか悪い癖なのか微妙なところではあるが、恐らく後者だ。
突っ込みたい衝動を征樹は抑える。
「今はもうなくなった。あぁ、目の前の幼馴染がいたな、原因。」
「ひっどいなー、もーっ。」
ぷくぅっと頬を膨らませる。
その姿は、意外に可愛らしい。
「民法770条1号5項か・・・。」
「なにそれ?」
まるで呪文のような言葉に、思わず聞き返す。
「杏奈は・・・結婚したい?」
「は?!い、いや、それは、その・・・アタシ達まだそんな関係じゃ・・・にょもにょも。」
思わず妄想がビックバンの如く広がって、頭に血が昇る。
まさに妄想天地創造。
なんのこっちゃ。
それくらいのレベル。
「結婚したら、皆幸せになれるとは限らないんだよな・・・。」
「そんなコトはないよ!だって!」
征樹となら。と、続けようとして、はたと妄想強制終了。
「だったら有り得ないんだよ。出来ないんだよ、770条。」
裁判離婚における抽象的離婚事由。
こんな条文が存在しているのは、必要だから。
そういう事象が起こり得るから。
「まぁ、それでも誰かと居たい、居て欲しいと思ってしまうんだよね、きっと。」
だから結婚という制度が存在する。
結婚と離婚。
どちらが制度的に先かと言ったら前者だ。
卵と鶏の関係とは全然違う。
いや、生物学上はどちらが上か決まっているのだが。
あれから琴音は冬子に連れられて、セーフハウスに行ってしまった。
セーフハウスというのは、夫からの暴力・ストーカー被害等から身を隠す為の施設だ。
欧米などでは割とポピュラーなもので、最近は日本でも増えつつある。
兎角、ストーカー行為やDVが急増している現代の産物という事だ。
今は、征樹でも琴音が何処にいるのかは知らない。
「うん、そうだよ!」
「はぁ、何か癪に障る。」
こんな能天気な杏奈に背中を押されてしまったという現実に。
「そういう事だから、杏奈、お手。」
「えっ、はいっ。」
なんとなく流れというか、征樹の勢いに押されて思わず手を出す杏奈。
征樹は杏奈の手を取って、"ソレ"を握らせる。
「こ、こ、こ、これって?」
「見たまんま鍵だ。この家の。」
杏奈の手にある銀色の鍵。
ご丁寧に音符型のネームプレートまで付いていて、"あんな"と征樹の字で書かれている。
何故、漢字ではなくひらがな表記なのかは謎だが。
「こうやって寝込む事もあるかも知れないし、一々オートロックで呼び出すのも、出されるのも面倒だから預けとく。但し、寝室入室禁止。」
「うんうん!守る守る!」
"征樹の部屋の合い鍵を持つ女"
そのフレーズの何と甘美なコトで、杏奈の脳みそを犯し舞い上がらせたのは言うまでもない。
「調子に乗って、毎日来るなよ?」
杏奈の反応に呆れつつ、征樹は釘を刺す。
「うんうん!守る守る!あ、じゃ、看病で雑炊食べさせてあげよーか?ふーふーしてあーんって♪」
「だから調子に乗るナ。」
鍵を渡して数十秒で征樹は後悔しつつも、とりあえず杏奈の額に水平チョップをカマした。
これにて、Ⅲ章仕立て(?)の第一部終了です。
色々と反省点はあるのですが、もし、この続きを読んでみたいというような反響次第で続投したいと思います。
勿論、リクエスト等も受け付けたいです。
では。
あぁ、【花束と笑顔を皇子達に。】も合わせてよろしくお願い致します。




