第ⅩⅩⅩⅨ話:無様でも退けない時は退けない。
大人には大人の事情がある。
それは征樹もわかっている。
そこまで自分も子供ではない。
子供ではないと思うのだが、でも子供には子供の事情があるのだ。
退けない時は退けない。
押し黙ったままの琴音を前にして、今がその時なんだと征樹は思った。
相手にしてみれば、本当に失礼極まりないお節介なのも理解している。
かく言う正樹自身もそう思った事は何度もあったから。
「昨日の夜。お手伝いしている先で、酔った旦那さんに殴られた。」
「え?」
顔と名前を覚えるのが苦手な征樹が、初めての客なのに何処かで見た顔などと思うはずがなかった。
当然、自分の生活圏内にいる人間に違いない。
「それに琴姉ぇの首にも腕にも痣があった。部屋には割れた陶器の欠片があった。」
言ってて悲しくて胸が苦しくなって来る征樹。
一体、その感情が何処に根ざしたモノなのだろうかと一瞬考える。
「旦那さんが、琴姉ぇをあんな風に殴るのかと思ったら・・・。」
"悔しい"のだろうか?
だが、征樹は顔を殴られたのに対し、琴音は見える箇所以外を殴られている。
つまり、それは"確信犯"という事なのだ。
非常に悪質な。
「征樹ちゃん?泣いてるの?」
無様だった。
自分は何て無様なのだろう。
何と無力な子供なのだろう。
それだけが征樹の心を蝕み、腹の中で暴れている。
「私達ね、学生結婚だったの。」
自分の感情が整理出来なくて、気分が悪くなっている征樹を琴音が優しく撫でる。
繋いでいない方の手も、征樹に差し出された。
自分は片方の手を差し出すのでさえ、こんなにも大変だったというのに。
「貧乏でも楽しくて幸せで・・・早く子供も欲しいねって、育てられるぐらいの暮らしをしようって・・・。」
だから、余計に悔しい。
何が?と聞かれたらわからないが、征樹はそう思った。
「でもね、暮らしが楽になって色々と軌道に乗って・・・これからって時にわかったの・・・。」
琴音は少し間を空けて・・・。
「私ね、子供が産めない身体なんですって。それからおかしくなっちゃったのかな。」
「違う。」
それは間違っている。
征樹は真っ先に瀬戸の笑顔が浮かんだ。
比べるのはどうかと思うが、自分達が女性であると考えている彼女達は、当然、子供が産めない。
でも、幸せじゃないかと言えば話は別だ。
「だから暴力を振るっていいの?だからもう琴姉ぇが大事じゃないの?そんなの・・・間違ってるよ・・・。」
「そうね。だから、私も色々と頑張って・・・頑張ったんだけど・・・。」
そして黙り込む琴音。
征樹は最初から、自分のこの行為が本当に琴音の為になるかわからなかった。
押し付けがましい自己満足なのかも知れない。
嫌われるのも怖いと思えるくらい。
しかし、少なくともこのままがいいとは思えない。
「・・・もうダメなのね、きっと・・・もう随分と前から・・・。」
だから征樹は必死に吐き気を堪えて、琴音にかける言葉を紡ぐ。
「帰ろう?琴姉ぇの家じゃなくて・・・。」
心臓の音がうるさい。
「僕の家に。そこに僕みたいな子供じゃなくて、ちゃんと琴姉ぇの力になってくれる人がいるから。」
何やら、うっかり鬱展開に入り込んでしまった・・・。
まぁ、鬱展開はここで終わりです、はい。
まず一つは、既婚女性の不妊割合は3割だそうです。
不妊は、女性だけでなく夫婦としての問題です。
どちらか一方が負うべき負担では決してありません。
(今回の琴音さんは不妊とは違いますが)
もう一つは、DVは日常に隠れている見つけにくい"犯罪"です。
それはとても根が深く悪質である事があります。
今回のように確信犯的なものもあります。
防ぐには、周囲の協力と対象者の早急な精神的安定が必要なのです。
あぁ、あと学生結婚が悪いとは一言も言ってないですからねー、私(苦笑)
何だ?このテーマ、私、どうしたんだ?
次はちょっぴりギャグ要素入れて、再び静流さんの登場です。
安心して読んでください。




