第ⅩⅩⅩⅦ話:今更になって少年は考えてみる。
「はぁ・・・。」
学校にいた征樹は、朝からソワソワと落ち着かなかった。
当然、授業の内容も右から左だ。
昨夜の話の後、父の書斎の六法全書を見直したが、大体合っていたのは冬子さんの指導のお陰だろうか。
「冬子さんの勉強、クイズ感覚だったからなぁ。」
幼い頃、父の書斎で何気なく読んでいたのを冬子に見られた時、クイズ感覚で漢字と一緒に仕込まれたのを思い出した。
何が何条だという感じで。
もっとも、当時は中身、内容なんてこれっぽちも理解していない。
タイトルに合う数字は何?というような、本当にクイズ。
中身が伴い始めたのは、中学に入学した辺りだ。
大体にして、幼い頃は祖父母に育てられたのだから、父の書斎に入る事など年1,2回程度のもの。
「今、なにやら女の名前が聞こえたゾー。」
めざくとく聞きつけてきたのは杏奈だ。
他に話しかける人間なんて、ほとんどいない。
とりあえず、何時もと同じ様にスルーを決める征樹。
「冷たいナ。幼馴染なのに。」
「う。」
意外に小ズルイ。
今更にながら、自分の選択に間違いがあったのでは?と持ったが、諦めて杏奈を見る。
「昔の家庭教師だよ。」
「へぇ・・・・は、初恋の相手・・・とか?」
ドキドキしながら杏奈は聞き返した。
興味がある。
興味があるが、聞きたくはない・・・のだが、聞き返す。
全くもって複雑な心理状況を携えて。
「何で初恋?昔の冬子さんは・・・・・・うん、"眼鏡"としか認識がなかったな。」
「め、眼鏡?」
なんじゃそりゃと思わず突っ込みを入れる。
「印象と認識。冬子さん=眼鏡 琴音さん=姉さん 杏奈=幼馴染。」
うん、非常に整理されてて解り易いと、一人で納得している征樹。
それとは反対に杏奈は軽い偏頭痛に見舞われていた。
征樹にとって、人付き合いというもの定義は何なのか疑問に思う。
今の話からすると、記号の羅列に近いモノのような・・・。
というか、自分は幼馴染の前の認識は何だったのかは、怖くて聞けない。
ただ、今のこの現状は、とてつもない進歩なのではないだろうか?
「そうだ、杏奈。聞きたい事がある。」
気まぐれ。
そう表現するしかないが、征樹はふと思いついたように聞いてみる事にした。
「ナニ?」
意外と真剣そうに聞いてくる征樹に杏奈は、ゴクリと唾を飲み込む。
「世話になった人がいる。」
こんな風に不安に思っている事を表に出した事があっただろうかと自問自答する。
「その人の為に何かしたいと行動した事が、もしかしたらただのお節介かも知れなかったらどうする?」
具体的なのか抽象的なのか解らなかったが、とりあえず考えてみる。
「難しいなぁ。」
大体にして、自分が前に押しかけた事だって半ば同じような事なのだが、杏奈はそれは口に出さないように考える。
「人と関われと言ったのは杏奈だろう?」
何度も説明するが、それは"自分"という意味で言ったのだ。
と、声には出す事は今回もやはり出来ない。
「う~ん・・・好きにしたらいいんじゃない?」
「好きに?」
「そ。だって、相手の為を思ってこっちは言ってるんだし、相手がどう思うなんかってそれこそ言ってみないとわかんないっしょ?」
「ふむ。」
杏奈的には自分を構って欲しい気分もあったが、先程の会話の流れから征樹が前向きになる事は、良い事なのだと自分に言い聞かせる。
「一理あるな。嫌われたら、嫌われたでそれまでか。」
少なくとも行動しなければ結果もわからないという事は通じた。
だが、そこまであっさりと諦めたり割り切れたりするのは、征樹くらいだとまたしても突っ込みたくて・・・。
「大丈夫だよ。ま、征樹を嫌いなんてならないからっ。」
思わず感情が高ぶってしまう。
自分は少なくとも征樹にしてもらえるなら嬉しい。
舞い上がるだろう。
実際、あの夕食を共にした日の睡眠時間はヤバいくらい少なくなってしまった。
「そういうものかな。ありがとう。」
とりあえず、意見を聞いた事は間違いではなかったと征樹は思う。
「あ、今度またウチで夕飯でも一緒に食べよう。」
「えっ?!」
そう言い放つと、杏奈のリアクションも確認せずにすぐさま帰宅を開始する征樹。
そんな征樹の姿を尻目に一人完全に舞い上がっている少女がいた。




