第ⅩⅩⅩⅤ話:上には上がいるもので。
「どちらさま?」
静流は今まで鳴った事のない時間帯で鳴るインターホンを訝しげに思いながらドアを開けた。
「貴女こそ、誰?」
「は?」
目の前にいるのは一人の女性。
年齢は明らかに静流より上だ。
ショートカットの藍色の髪に黒縁のスクウェアの眼鏡。
グレーのタイトスカートのスーツを着ている。
どこから見てもキャリアウーマン然とした女性。
「まぁ、いいわ。マー君はまだ帰ってきてないのね?」
静流の答えを待つ事なく、ズカズカと上がり込む女性。
「ちょっと!」
「全く、あのバカ親父は相変わらず好き放題やってんでしょう?」
呆れ果てたと言わんばかりに吐き捨てると居間のソファーに座る。
「まーったく、こんな事なら合い鍵をちゃんと受け取っておくんだったわ。マー君は相変わらず家を出たり、後見人つけたり、親権移すの嫌がってるんでしょう?」
静流にそう問いかけると女性は一枚の紙切れを差し出す。
「?」
「名刺。」
ぶっきらぼうに渡された名刺。
それを受け取ると、文面に目を走らせる。
「渡峰法律事務所・所長・渡峰 冬子・・・さん?」
静流は驚きで冬子を見つめた。
静流より多少年上に見える彼女は、もう弁護士として独立しているというのだ。
相当なやり手なのかも知れない。
しかも、征樹をあだ名で呼ぶくらい親しいようだ。
自分は目下、かなりの距離が離れてしまっている。
自業自得ではあるのだが。
「あれよね。独立して事務所名に自分の名前つけるのって、自信過剰みたいで嫌よね。」
最近は、自分の名前をつけない法律事務所も多い。
「あの、こちらには何の用で・・・?」
自然と下手に出てしまう。
女性弁護士として、静流の目指す先に既にいる女性だから心理的にそうなってしまうのだ。
「あぁ、マー君に呼び出されて。何か相談事らしいんだけれど・・・。」
首を傾げる冬子。
対照的に彼女を羨ましそうに見てしまう静流。
これくらいデキる女性にならないと、征樹に相手にされないのだろうか?と、一瞬頭に過ぎる。
だとしたら、このハードルは高過ぎるのだが、既に"弁護士"という時点で、二人とも男にしたら非常にハードル高いという認識は無いらしい。
「何分、初体験なのよ。不平不満を全く表に出さないし、無愛想だし。」
「えぇ・・・まぁ・・・。」
確かにその通りなのだが、そこが余計に静流にとっては心配なのだ。
「そのクセ、時折物凄く可愛くてこーやってホイホイ来ちゃうのよねぇ、私も・・・こういうの"ツンデレ"って言うんだっけ?若いコは。」
苦笑しながら、意見を求めてくる冬子に静流は困惑していたが、ふと疑問に思った。
「渡峰さんは征樹君の現状を?」
「知ってるわよ。アノ子、亡くなったお母さんに気兼ねしてこの家出たがらないし、養子なんてもっての他。」
やっと征樹を心配して見ているマトモな大人を発見した気がした。
「だから、私に相談事なんて、余程の事なのよ。村迫 静流さん。同業なのね。」
静流の名刺を受け取った冬子は、静流にウィンクする。
「渡峰さんじゃなくて、冬子でいいわ。」
「はい。」
すべからく格好良い。
キマっている。
ここに来てから、何度目かの女性的な面での連敗続きにがっくりする静流。
「しっかし・・・。」
肩を竦める冬子。
「相談事って真剣に言っていたけど、法律関係ではないのかしら。予想が外れたわ。」
確かにそうだ。
静流だって業界内では若いが弁護士なのである。
経験値は低いが、若くて成功している分、他の若手より優秀な部類なのだ。
「恋の悩みかしら。まったく、こんなイイオンナが身近に"二人も"いるのに。」
静流の心当たりのつく人数は、既に二人で済まない。
心がざわつくのを抑えながら、静流は冬子と一緒に征樹の帰りを待つのだった。




