第ⅩⅩⅦ話:まるで呪文のようだと思った。
「ただいま。」
このフレーズ、昨日もやったなと征樹は思ったが、今日のはまた昨日のただいまとは違った。
心の持ちようで、こんなにも違うというのが本当に新鮮だった。
居間にいるだろう静流の事を考えて、早く話がしたいと逸るのも。
「征樹ちゃん、頑張ってね。」
琴音の声が背中を押す。
以前の征樹だったら、人の気もしらないクセに何て勝手なことを。と思っていたことだろう。
「何か不思議な感覚。」
左手は外で出会った時のよに琴音が握ってくれている。
声と温かさを持ったまま、居間の扉を開けようとした征樹だったが、眼前にある目標達成の為に緊張していたようだ。
でなければ、玄関に静流の靴の他に、明らかに見慣れないローファーが一足あるのに気づいたはずだから。
「え゛。」
意を決して居間に続く扉を開いた征樹の目に入った光景は、彼の中のどの想像にもありえないもので・・・。
「何で・・・?」
言葉が向けられたのは主に静流ではなく、もう一人の方、杏奈だ。
「お帰りなさい・・・あの、"幼馴染"の細井さんが・・・。」
「お、幼馴染・・・?」「わー、わーっ!」
状況を説明しようとする静流とリアクションを取ろうとする二人を遮って、立ち上がり手を大きく振る杏奈。
「今日、葵が疲れた顔してから、その、独り暮らしの、助けに夕飯でも作ってやろうと・・・。」
かなり喰い気味に会話の成立を拒む。
みっともないのは解っているが、いかんせん静流に嘘がバレるのは嫌だったし、今征樹に嫌われる、否定されるような言葉を吐かれようものなら、明日から合わせる顔が杏奈にはない。
登校拒否になる自信がある。
(幼馴染か・・・。)
征樹は"基本的には"嘘は嫌いだ。
嘘をつくなら、黙っているかヘラヘラ笑って誤魔化す方がいいと思っている。
でも、話の内容はどうあれ、心配してくれたのだ。
『きっと葵さんが人にそう考えてもらえる人間だからなのよ?』
琴音の言葉。
本当に自分はそう思っていいのだろうか?
征樹は自問自答する。
"幼馴染"少なくともそう思ってもらえて、嘘を吐いてもらえるくらいは・・・それにしても・・・。
(お節介だな。)
バッサリである。
考え方や性格が、そう簡単に変わるわけもなく。
簡単な人生だったわけでもないし、何よりそんな簡単だったら宗教なんぞ必要なくなるだろう。
「はぁ。・・・で、何を買って来て、何を作るつもりだったの?"杏奈"は。」
「うん、失敗確率の低いカレー。好物だったよね?・・・って、うぇぇっ?!」
余りにもさらりと言われたので、思わず流しそうだったが、そんな事が出来るはずがない。
勿体無くて。
杏奈は言われた言葉を脳内リピートして固まった。
こんな音楽機器なら、すぐに廃品回収行きなくらいに。
「い、い、今、なんて・・・?」
「どうした?まぁ、いいや。買い物袋見せて。」
征樹が近づいてきて、顔を覗き込む。
その距離だけで心臓がバクバクする。
「一通りはあるか。変にガラムマサラとかオリジナルスパイスとか言われたらどうしようかと思った。僕も手伝うよ。台所こっちだから。」
杏奈の手を引いて、台所を案内する征樹。
手を引かれた杏奈は、筋肉が固まった状態のまま夢遊病者のように連れ去られるという器用な感じで台所へと・・・。




