第ⅩⅩⅥ話:呼び方で見える距離感を。
ちまちま書いて遊んでいましたが、とある事情でこんな更新速度は、今日くらいまでになりそうです、はい。(苦笑)
「じゃぁ、試しに私と仲良くなりましょう?」
それが提案。
「仲良く・・・ですか?」
何か方向性がおかしくなってきたのではないだろうか?
そう征樹は首を傾げる。
「そう!仲良くなるには、まず呼び方からですよ~。そうねぇ、呼び捨ては急過ぎるから"征樹ちゃん"にしましょう。征樹ちゃんはどうするぅ?」
仲良くなれば、最終的に呼び捨てになるのだろうか?
それは兎も角、今度は征樹に振られて大いに困った。
「えぇと・・・在家さんの名前は確か・・・。」
それでも呼び方を変えるという案を却下しないのは、折角ここまでしてくれているのだからという征樹なりの誠実さである。
昔に聞いた彼女の名前を思い出そうする征樹、確か玄関の表札にも名前が入っていたはずだと。
「琴音よ。」
「それじゃあ・・・こ、琴音・・・さん。」
「はい、よくできました~。」
テーブル越しに頭を撫でられる征樹。
乗り出してきた琴音の胸が、テーブルに乗っている。
重力と慣性でそれが生き物のようにたゆんたゆんと揺れて・・・。
征樹の脳内で瞬時に琴音>静流=瀬戸>or=杏奈という等式が浮かんで来た後、盛大に突っ込みを入れた。
特に自分でも、真ん中辺りにある名前はどうよと思う。
「琴音さん、今朝も言ったけど、お姉さんみたいだ。」
「あら、嬉しいわ。でも征樹ちゃんから見たら、どっちと言うとおばさんよね。一回り以上は離れてるし。」
と、すると、実は静流と大して変わらないのではいか?
「なら、充分お姉さんですよ。こっそり琴音お姉さんって呼んでもいいくらい。」
「んふふ~、こっそりじゃなくていいですよ~。」
再び上機嫌で征樹の頭を撫でてくる・・・気に入ったのだろうか?
(・・・また痣・・・。)
自分を撫でる腕の袖口から、痣のある肌が見えた。
呼び方を変えると確かに気持ちが変わる。
今は、それ以前より痣が、琴音が気になって仕方ない。
「征樹ちゃん?」
「は、はい。琴音お姉ちゃんじゃ、長くて言いにくいから、"琴姉ぇね"とか?」
人の話を全く聞いていなかった事をこれほど後悔した事はなかった。
言うに事欠いてコレでは、本当にバカっぽい。
「どんどん可愛らしくなってくのね。」
「どうも、一人っ子なもので勝手が・・・。」
やり取りが既におかしい。
それはわかっていた。
痣に気を取られ過ぎた。
「じゃあ、その調子で仲良くなる為に謝りに行きましょう?」
仲良くなる為に謝るというのは、征樹にとっては斬新な発想である。
人間関係で、その様な観点など無かった。
「大丈夫。私も付いてってあげるから、ね?だって私は征樹ちゃんのお姉さんですもの。」
色々な意味で在家 琴音の発想は破壊力抜群だった。
「は・・・はい。」
勢いと破壊力に負けて、思わず了承してしまった。
(琴姉ぇね・・・か・・・。)
人付き合いの距離の見える呼び方。
信頼度。
(そういえば、もう一人いたな・・・。)
何年もかけてずっと声をかけ続けている、呼び続けている人間が。
もしかしたら、費やしてきた年月はとても長いもので、彼女だって自分を名前で呼んでもいいのではないだろうか?
ずっと・・・鬱陶しいくらいに近くいた気がするのを思い出す。
それとも今度は、自分が彼女の名前を呼んでみようか?
きっと呆然として驚くに違いない。
そう考えると、次に彼女に、細井 杏奈に会うのが征樹は楽しみになった。




