第ⅩⅩⅤ話:優しさからのすれ違いもあるということ。
口をつけたお茶は、ほんのり甘めでとても温かった。
在家の部屋の中へ手を引っ張られるままに招き入れられ、現在に至る。
部屋の居間は暖色系のカーテンとカーペットと、落ち着いた家具で囲まれていた。
在家のほんわかとした性格が滲み出ている気がする。
当人の在家は、征樹にお茶と出すと自分の荷物を片付ける為に席を外していた。
だからこその観察中なのである。
「そうか・・・ウチと違って物が多いのか・・・。」
征樹の読書部屋と化している父の書斎には物が溢れているが、母の形見の服が入っている家具の他には意外と物が少ないのだ。
ちゃんとした家庭という形がある部屋を見るのは、テレビのドラマと祖父母の家以外初めてなのだ。
思わずじっくりと周りを見渡してしまうのも無理はない。
「けど、物があっても綺麗に片付いているよな・・・。」
物は整然と並んで飾ってあるし、チェストコーナーにはグラスの類が綺麗に置かれている。
指紋一つないくらいに。
「高そうなグラスだなァ。」
それが怖くて手に取る気にはなれないが。
「ん?」
違和感。
間違い探しをしている時のような。
部屋が綺麗だからこそ気づけた違和感だ。
それはゴミらしき物。
「なんだろう?」
ゴミを注意を払うというのは、ホームドラマに出てくる姑みたいで気が引けたが気になるのものは気になる。
「陶器・・・のカケラ?」
乳白色の欠片。
陶器だとしたら、皿か花瓶か何かの。
「・・・なんか、イヤなカンジがするな。」
今朝と同じ感覚。
「ごめんね、お待たせしちゃって。少しは落ち着きました?」
にっこりと自分に向かって歩いて来る在家を見ると、慌てて反射的に破片を隠してしまった。
「大丈夫です。少しゆったりできましたから。」
手をつながれてからは、いい具合に頭が空っぽになれた。
それには感謝だ。
「あら、そぉ?なら良かったわ~。お話、出来るかしら?」
今なら・・・。
話せる気がした。
多分、相手が在家だからだろう。
征樹は順番に話す事にした。
母が亡くなって、父は仕事だけに打ち込み、全く自分を気にかけなくなった事。
それを見兼ねた祖父母に育てられた事。
独りでずっと暮らしてきたのに突然、父の部下の女性が来て日常を掻き回されて混乱した事。
そして、彼女の一方的な言い分が頭に来て怒鳴って家を飛び出し、反省している事。
全部。
「結局、自分の心が余りに狭過ぎて、その人を怒鳴ってしまって・・・男として最低でしょう?女性を怒鳴りつけるのって・・・。一応、元々そんな上等な人間じゃないって自覚はあるんですけどね。」
「そぉねぇ・・・でも、今はきちんとわかってて反省している事だし、きちんと謝ってみればいいと思うの。」
「理解というか・・・僕は今まで誰かにそういう風にされるのって、あんまりというかほとんど無かったから・・・今だって優しくしてくれる在家さんの前で、どう話したらいいのかもわかんないくらいで・・・。」
というか、何故、こんな事をしているのか、してくれてるのかの両方が解らないのだ。
征樹の言い分を聞いている在家も、眉をハの字にして考えている。
「葵さんが迷子さんみたいな顔をしてて、迷子さんに気づいて見つけられたのが私だったからかな。でもね、そう考えるのは、きっと葵さんが人にそう考えてもらえる人間だからなのよ?」
「僕が?だって僕は・・・。」
「だって、今だって自分の事より相手の事を考えてあげる方が多いでしょう?優しくしてくれた相手をどうしようとか、怒鳴ってしまった相手を気遣ったり。自分が不器用だから、余計に考えちゃう。でもね、きっと相手も同じくらい葵さんの事を考えてるわ。そう思ってあげる方がステキよね?」
ぽんっと手を合わせて笑う在家。
「そうなのかな・・・そんなコトないと思うけど。」
人との付き合い方も距離の取り方もわからない自分なのに。
「誰だって、仲良くなる迄に、ううん、仲良くなってもぶつかったりするものよ。でも、優しさからのすれ違いや衝突は大丈夫。きちんと相手に向き合って話せば、わかってもらえるわ。」
「相手に向き合って・・・難しい・・・。」
それって、どうやってやるのだろう?
征樹は、その手段を考えた事が今まであっただろうかと思考を巡らす。
「じゃあ、一つ提案♪」
名案とばかりに在家は征樹に提案を持ちかける。




