第ⅩⅩⅣ話:女二人じゃ姦しくないのは当然で。
こういう形の投稿だと、あんまり細かく描写を書き過ぎても読む方的にはつまらないと学習。
「お茶どうぞ。」
「どうも。」
征樹の住む家の居間で、二人の女性が差し向かいで座っている。
心の中を渦巻くのは・・・。
(この女は誰?!)
である。
杏奈にしてみれば、驚いて慌てて出て来た征樹をひとしきり笑った後、お詫びと称して(半ば無理矢理)料理を作っているはずだった。
静流にしてみれば、帰ってきた征樹に謝って、自分が如何に彼を心配しているのかを真剣に打ち明けて仲直りしているはずだった。
だったのだが、現状はこうだ。
寧ろ、ここにいるだろう征樹がいないのが、尚都合が悪い。
ただ静流に解るのは、目の前にいる少女は征樹目当てという事だけだ。
それはそうである。
ここには現在、征樹しか住んでいないのだから。
逆に言えば、杏奈の目の前にいるこの女性は征樹と二人で過していたという事になる。
(一体、どういう関係なの?)
当然、征樹を介しての疑問も二人共通だ。
「私は、征樹君のお父様の部下で、征樹君の身の回りの世話を頼まれた村迫 静流って言うの。」
嘘はついていない。
ただ征樹に現在は、強烈に反発されて断られたという事は何故か目の前の少女には言えなかった。
有利な証言は聞かれる前に前面に出し、不利な証言は聞かれるまで奥面に隠す。
法廷闘争での常套手段だ。
偽証罪にすらならない。
「あ、アタシは征樹の小学校の頃からの幼馴染で、細井 杏奈と言います。今日は征樹の夕飯を作りに。彼は独り暮らしみたいなもんだから。」
静流と名乗った女性が、征樹を名前呼びにした事が面白くなくて杏奈も呼び捨てにした。
もとより、今日から呼び捨てにするつもりだったから、構わないだろう。
幼馴染というのも100%嘘というわけではない。
本当は、小学校5年の後半に転入してきた征樹を何度も見掛けていた。
独りでぽつんと空を眺めたり、本を読んでいた征樹を。
中学に入ってからは、ずっとクラスメートで一番に近くにいた・・・はずだ。
その自負もある。
3年以上、4年未満程度でも幼馴染でいいじゃないか。
「そう。それは今迄ありがとう。征樹君に代わってお礼を言うわ。」
征樹と呼び捨てにした杏奈への敗北感を顔に出さないように言葉を吐き出す。
幼馴染という単語に何故か、焦りのようなものを感じる。
昨夜も考えた事だ。
同年代の子と比較されたら負ける。
そして、負けたら拒絶される、捨てられる。
それは今迄に味わった事のない現象だ。
どうしても避けたい現象。
征樹にこだわる根拠が、未だ理解出来ていない静流の結論だ。
生理的な反応なのは理解しているが、それが一体どういう感情を基盤にしているのかは理解出来なかった。
「それにしても、今更勝手ですよね。あれだけ放置してたクセに。征樹の寂しさにも無関心だったクセに。」
今迄ってなんだ!
杏奈は静流の言葉に苛立っていた。
家にも帰らず、日暮れまで独りでいた征樹の姿。
誰も迎えにすら来なかった毎日。
そんな毎日の中で、彼に話しかけてたのは自分だけじゃないか!
独りになる怖さを知っているのか!
それを今更どうこうって・・・大体、"今迄"ってなんだ!
その物言いが頭に来た。
自分は用済みとでも言いたいのか?
自分を独りにする、征樹から引き離す権利が目の前にいる女にあるというのか?
断じてそれはない。
それが出来る権利があるのは、征樹ただ一人だけだ。
そして征樹はそんな事はしない。
今迄一度も、これからだって。
「そうね。それは私も思ったし、憤りを感じるわ。だから、これからは私がずっと傍にいるわ。」
杏奈の言葉が胸に刺さる。
しかし、だからこそ静流の決意は更に更に強固になった。
自分が征樹の寂しさを埋めてやるのだ。
その為に出来る限りの事をしようと。
それは使命感に近いもので、しっくりと彼女の全体に染み渡っていた。
ただ、それは"独占欲"というものであったり、"恋愛感情"に近いものであるという自覚はまだまだ無いのだが。
「ず、ずっとって、征樹は何て言ってるんです?そ、そんな簡単に受け入れられてるんですか?」
杏奈だって、ここまでの関係を築くのにかなりの月日を要した。
征樹がそんなに簡単に受け入れるはずがない。
はずが・・・。
ふと、杏奈は静流を今更ながらにじっくりと見た。
理知的で綺麗な大人の女性。
スタイルだって良い。
正直、自分よりは圧倒的に大人びたスタイルだ。
自分も出る所、特に胸は同世代と比べたら遥かに大きい。
それに未だに育っている。
この一点なら、目の前の女性に負けてはいないだろう。
だが、引っ込んでいる所からのライン。
所謂、"くびれ"なるものは杏奈にはないし、ボン、キュッときて、その後のボンッにも完敗だ。
(こういうのが好みなのかな・・・。)
自分にないモノを持っている静流への敗北感。
しかし、静流も静流で全く同じ様な事を思っていた。
如何にも活発そうで明るい少女。
この明るさで、征樹を照らしているのだろう。
静流が中学時代は、こういう社交的な子が男子に人気があった。
肌はきめ細やかな白でとても美しい。
若さを差し引いてもだ。
胸の大きさだって、この年頃にしてはかなり大きい。
これからどんどん女らしく美しく成長していくことだろう。
それは、征樹の好みの女として成長してく時間があるという事なのだ。
その事実が更なる焦りを生む。
「そ、それは確かにそうかも知れないわ。でも、それはこれから二人でゆっくりと時間をかけて埋めていけばいいのよ。一緒に暮らすのだから。」
焦りと勢いだけで言った割には、我ながら良い事を言ったと思った。
今はこうかも知れないが、大事なのは未来だ。
杏奈という少女にも時間はあるが、自分だってある事はあるのだ。
杏奈にしてみれば、今まで築いた時間をあっさりと壊されていく気分がした。
差し向かいで見詰め合った形のまま、沈黙が訪れる。
二人のお茶は一口も口をつけられず、既に冷め切っていた。




