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貴方と背中を合わせる理由。(仮)  作者: はつい
第壱拾縁:貴方とこもれ陽の下に・・・
211/214

最終話:貴女と背中を合わせる理由。

これにて最終回となります。

 後先を考えていないと言われれば、それまでだった。

征樹は現在ある意味で途方に暮れていた。

彼は静流とのデートの最中に祖母に連れられてきたわけで・・・。

ある程度のデート費用の持ち合わせはあるのだが、これでは帰る交通費に足りていないのだ。


「ふぅ。」


 征樹は空を眺める。

ゆったりと流れる夏の雲。

途方に暮れて空を眺めていたのだが、だからといって悲観しているわけではない。


「待て、しかして希望せよ・・・て、何の話だったかなぁ・・・。」


 数年前に読んだ事のある物語の一説を呟くと、再び歩き出す。

待つ事などしない。

希望は根拠があるわけではないので、待つ事はしないが、絶望もしない。

征樹はただ自分の家に帰ろうとしているだけなのだから。

家に帰れなくなった迷子などでは決してないのだ。

途方に暮れて立ち止まり、たとえ歩くのが辛くなってその場に座り込んだとしても、再び歩き出せばいい・・・。


「帰ろう・・・。」


 無意識に呟いた。

前だけを見据えて。

目の前に車が通った時には、流石にヒッチハイクでもしようかなとは考えたが。


(家出少年と間違われるのがオチか。)


 警察にでも連れて行かれたら、余計に面倒な事になるのは目に見え見えていた。

だが、その車は征樹の目の前、十数メートルの所で停止する。


「征樹!」


 聞き慣れた声。


「・・・おかしいな。学校どころか、夏休みの間中聞いた声が・・・。」


 首を傾げる征樹。

無論、わざとだ。

そんな皮肉を述べる征樹に駆け寄ってくる杏奈を抱き止める。


「危ないだろ。」


「あ~ん、この無愛想さ、征樹だよ~。本物の征樹だ~っ。」


「ぶ、無愛想、本物って・・・。」


 杏奈の言い分に呆れながらも、ここまで来たその行動力に征樹は微笑む。


「征樹君・・・。」


「奏先輩まで・・・わざわざこんな所に?」


 行動力があったのは杏奈だけではなかった事に、今度は素直に驚く。


「だって、大事なコトだよ?私にとってはすごく大事。」


 瞳に涙まで浮かべ、自分に向かって手を伸ばして来る奏を征樹は無下にする事はしない。


「ありがとう。」


 すがりつくような手をしっかりと握り返す。

抱きとめた杏奈の身体も、握った奏の手も温かい事に安堵する。


「あ、あの、征樹君・・・?」


 おずおずと静流は征樹に声をかけ前に出る。

一度は祖父母の元へと行けと言ってしまった手前、どんな顔をして征樹の前に立てばいいのか解らなかった。

今はただ罰を待つ子供のように視線を下に向けたままもじもじとするしかない。


「静流さんも来てくれたんだ。」


 奏の手と杏奈の身体を、とても優しくゆっくりと離してから、下を向いたままの静流の前に立つ。


「・・・うん。」


「ありがとう。」


 きゅっと征樹が静流を抱きしめる。

その行動にはっとなって顔を上げた静流は、震える手で恐る恐る征樹を抱きしめ返す。


「僕・・・帰って来てもいいかな?静流さんや皆が居る家に。」


 以前と変わった大事な点は自分で理解している。

言いたい事をきちっと述べる征樹。


「・・・・・・当たり前じゃない。」


 征樹は同じように静流が温かいと感じた。

ここに居る皆が温かいというのは、前から知っていたはずなのに。


「めでたし、めでたしねぇ~。でも帰りは電車がいいわ。もうクタクタで~。」


 久しぶりの運転んで消耗したのか、一番最後にのっそりと琴音が運転席側から現れる。


「琴姉ぇも来てくれたんだ。」


「はぁ~い~。征樹ちゃんのお姉ちゃんだもの~。」


 琴音の運転だったのは、実に意外な事ではあったが、何時もの見慣れた並びの光景にほっとする。


「征樹や、これは一体どういった・・・説明しておくれ。」


 和気藹々とほっとしたのも束の間で、征樹の背に声をかけてくる自分物がいた。


「お祖母(ばあ)様・・・。」


 振り返った先に征樹の祖母がいる。

紬姿の品の良い女性。

そしてその後では彼の祖父が済まなさそうに両手を合わせている。

どうやら説得に失敗したようだ。


(征樹とあんま似てない・・・。)


 征樹に無事に会えて気が抜けたのか、杏奈はぼんやりと思う。

だが、その感慨は他の女性陣も似たようなものだった。


「これは・・・っ?!」


 そう口に出しかけた静流を征樹は手で制す。

言いづらい事ならば、どうしてもダメならば、誰かに代わりに言ってもらってもいい。

でも、征樹はそれを善しとはしない。

自分で選んだのは征樹だ。

そして、そもそもの原因も。

だから、征樹は静流を制した。


「お祖母(ばあ)様、僕は帰ります。」


 もう決めた。


「征樹、私は征樹の為を・・・。」


 その考えだけだったら間違いはない。


「お祖母(ばあ)様。お祖母(ばあ)様は僕の好きな食べ物を知っていますか?」


 あぁ、きっと自分は祖母を傷つけてしまうんだろうなと征樹は思う。

でも・・・。


「そ、それは勿論。」


 この祖母にしてみれば、自分の前で行儀良く食事を摂る征樹しか知らなかったし、その様子に何か問う事もしようとはしなかった。

はなからする気はなかった。


「ねぇ、静流さん?」


「?」


 口出しを禁じられたはずなのに、征樹が自分に語りかけてくる事に心の中で首を傾げる。


「僕の好きな食べ物は?」


 酷い仕打ちをしている自覚もある。

でも、自分を解ってもらうには、時にはこういう手段も必要とも言える。

だから、全く同じ質問を征樹は静流にしたのだ。


「カレーとオムライスよね。」


 ここ数ヶ月何度も食べた。

静流にとっては間違うはずのない問題だ。

だが、しかし、その答えに征樹の祖母は目を剥く。

その答えの内容も、それを他人が言い当てているだろう事にも。


「奏さん、何カレーが好きなんだっけ?」


 デートの時と同じように一歩だけ進んだその名を呼んで、今度は奏に問う。

勿論、奏にとっては簡単過ぎる問題だ。

というより、ストーカー気質のある奏にとっては常識レベルだ。


「チキンカレー。あんまり辛くなくて、らっきょ無し。」


 考える間もなくすらすらと答える。


「杏奈・・・。」 「お母さんの得意料理だもんね。」


 杏奈に至っては話の流れから先回りして答える。


「ちなみに好きなお菓子は、ひよこ饅頭よね~。」


 聞いてもいないのに琴音が声を上げるのを聞いた後、征樹はゆっくりと祖母に向き合ってその目を見る。

心の中でビクビクしながら。


「食べ物一つとっても、ここにいる人達は僕を見てくれる、話を聞いてくれる。」


 食べ物一つ。

たかがとか些細だとか切って捨てる事は簡単だ。

だが、これが積み重なってゆけば・・・。


「そんな人達が僕には必要だから・・・温かいと感じるから。だから、僕はこの人達と一緒に過ごせるあの家に帰ります。」


 きっぱりと断言する。

そんな征樹の前に静流は一歩踏み出た。


「静流さん?」


 先程の征樹のように今度は静流が彼を制す。


「初めまして。征樹君のお父様から・・・あなたの息子さんですね、その方から征樹君を任されている村迫 静流と申します。」


 必要最低限の礼儀として軽い自己紹介の後、再び口を開く。


「私・・・いえ、私達は決して征樹君を害そうとしているわけではないのは御承知の通りだとは思いますが・・・。」


 事務口調に慣れているつもりでも緊張する。

思えば征樹と出会ってからこんな事の連続だ。

だが、思い出すと何故だか笑みがこぼれそうになる。


「そして、どうか御安心下さい。私は征樹君を"愛して"いますから。彼が必要としてくれる限り、しっかりと支えていくつもりです。赤の他人が突然しゃしゃり出て何をと思われるかも知れませんが、何より今まで通りの生活を征樹君自身が望んでいます。それを御理解下さい。」


 その理解が出来なかったからこんな事態になったのだが、この言葉はこれ以上の否を許さなかった。

言えばここで征樹は、祖父母という存在を消してしまう事だろう。

そんな辛い選択を互いにするわけにはいかない。


「オマエの負けだな。」


 祖母の後ろで呟いた祖父が、一瞬だけ哀しみの表情をしていたのを征樹は忘れないだろう。


「くっ・・・。」


 全く言い返す事が出来なかった祖母の肩を抱き、促す。

そしてここまで征樹を追いかけてきたであろう車が去り、それが見えなくなるまで征樹は頭を下げてから皆へ向き直る。


「じゃあ、帰ろうか!」


 征樹の言葉に皆が微笑む。


「電車でね~。」




 レンタカーを駅で返し、宣言通りに電車に揺られて帰る。

家に着く頃には夜になっているだろう。


「というより、何でこんな体勢?」


 電車の座席に座っている征樹。

右側には静流、左側には奏。

正面には杏奈と琴音が取り囲むように立っている。


「征樹が逃げ出さない為?」


「囚人の護送か何かか?」


「そうです。逃がしませんから!」


 息巻きながら征樹の左腕をぎゅっと抱いて奏が強引に席を詰めてくる。


「そうね、追いかけるのも大変だものね。」


 自分で行けと言ったのを棚に上げて、奏と同じようにぎゅっと腕を抱いて迫る静流。


「むぅ・・・そう言えば静流さん?」


「なにかしら?」


「僕を愛してるって本当?」


「なっ?!」


 問題が解決して安心している中での奇襲。


「さっき言ってたから。」


 確かに言ったには言ったが・・・だが思い出したくはなかった。

というより指摘されたくなかった。


「そ、それは、その・・・ね、ほら、ここにいる皆の話で・・・。」


「"私は"って言っていたような・・・。でも、どちらでも嬉しいからいいか。」


「う~、あ~。」


 正直、それが本当に嘘かは征樹にとっては重要ではなく、嘘だろうと何だろうとそう言ってもらえる事自体が嬉しかったから。


「う゛~っ、りゃあっ!」 「うぼッ?!」


 突然奇声を上げて杏奈が征樹の膝うの上にダイブして来て、征樹は悶絶する。

形的には、征樹が杏奈をお姫様抱っこしている図になのだが、征樹のダメージが尋常ではない。

彼の両腕は静流と奏の腕と胸にがっちりとホールドされており、その為征樹は杏奈に対してまともな受け身が取れなかったのだ。


「お・・・オマエなぁ・・・。」


 流石にこの突拍子もない行動には非難の視線と声を上げる。


「ズルい。」


「は?」


「二人だけでズルい!アタシも~っ!アタシだって征樹を愛してるんだもんっ。」


 そう言うと胸元にぐりぐりと頭をこすりつける。


「わ、私もっ、しますぅ!」


 何の宣言だ!と突っ込みを入れる暇もなく隣の奏も征樹の肩口にすり寄って来る。


「はぃ?ちょっ、何でそんな事にっ。」


「あらあら~、大変ねぇ~。」


 一連のやりとりを眺めていた琴音は完全に征樹の苦情はスルーだ。


「楽しそうだし、お姉ちゃんも仲間にい~れ~てっ♪」


 まるで近所の子供が遊びの仲間入りを宣言するかのように楽しそうに言った後、杏奈の上から琴音の身体が迫って来た。


「琴姉ぇまで?!周りに迷惑でしょぅぉっ?!」


「大丈夫。周りは私達だけだから。」


 微笑みながら周りを見渡して答える静流にそういう問題じゃないだろ!と叫び出したい征樹だったが、声が出ない。

痛いやら気持ちいいやら、それでいていい匂いがしてくる新たな境地。


「だ・か・ら・私も入れてね。」


 赤面した静流がすり寄ってくるのが征樹の視界の隅に映る。


「全く。なんでこうなったんだか・・・人付き合いって、難しい。」


 早くこの現状に飽きて解放されないだろうかとされるがままになりながら、帰ったら夏休みの宿題の絵を早く描き上げてしまおうとぼんやり思うのだった。

引き続きエピローグになります。

まぁ、読み飛ばしてもOKです(ぇ

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