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貴方と背中を合わせる理由。(仮)  作者: はつい
第壱拾縁:貴方とこもれ陽の下に・・・
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第ⅡxC&Ⅷ話:想いのゆくべき場所。

(そういえば、昼、食べてなかった・・・。)


 本当だったら静流と食べていただろう。

征樹は自分の前に広げられた食べ物の数々を眺めて思う。

そして、今となってはそんな事はどうでも良かった。

良かったと思って、それ以上は考えないように努めるしかなかった。


「征樹が好きな物ばかりを作ってみたんだよ、お食べ。」


 微笑みながら言う祖母の顔に何の感慨すらも浮かばず、機械的に手をつける。

結局、何も変わらないんだなと思いながら。


『オムライス?それともカレー?』


 そう聞いてくれた声が、すごく遠く、遥か昔に感じる。


(知ってる?僕の好きな物はオムライスとカレーなんだよ?)


 口には出さない。

無駄だと知っているから。

ただ、数ヶ月しか一緒に暮らす事のなかった静流ですら知っている事実なのにとは思う。

その静流が最後にどんな表情を自分に向けていたのか、征樹には解らなかった。

それより、見たかどうかの記憶すら怪しい。


(杏奈、宿題終わったかな。今頃、猛烈に怒ってたりしてな。)


 食事を終え、自分用にあてがわれた一室で、盛大に拗ねた幼馴染の表情を思い出して苦笑する。


「全く、ばぁさんときたら、征樹が"帰って"来るなら早く言えというに。」


 ぶつぶつと文句を言いながら入ってくる祖父は、征樹を見ると微笑む。


「おぅおぅ、征樹。久しぶりに一局どうだ?」


 将棋盤持って現れた祖父に頷き、早速一局付き合う。

祖母に対抗して色々と教えたがった祖父が、それとは関係なく征樹に教えた唯一の事がこの将棋だ。


(でも、僕はどちらかというとチェスとか花札のが好きなんだよね。)


 チェスは幼少の頃に冬子から教えてもらった。

花札は瀬戸にだ。

同じように琴音もチェスが好きで何度か食後に対戦したし、花札は意外な事にキルシェ達姉妹が得意だった。

後者は本当に意外だったが、日本好きの二人の事だ、そういう事もあるんだと流した。


「う~む・・・強くなったなァ。」


 顎の辺りを撫でながら唸り出す。

征樹だとて成長する。

いつまでも幼い頃のような稚拙な駒運びはしない。

振り飛車よりは居飛車の方が得意なのは性格の問題だが。

今回の対局は辛くも征樹の勝利で終わり、二人で縁側に座る。


(ゲームか・・・。)


 いつも一人でいた征樹にとっては、誰かと対戦するタイプのゲームはする機会はない。

当然、多人数で出来るものは特にだ。

でも、今の暮らしになってから、やれトランプだの人生ゲームだのと色々やっているのを思い出した。

大抵は罰ゲーム的な何かがついてくるワケなのだが、基本的に征樹はビリになる程の大敗はしないので、問題ない。


「今は・・・夏休みか。最近はどうじゃ?」


「最近・・・。」


 そう聞かれた征樹は、自分がここに来てから終始皆の事を考えていたのに気づく。


「色々ありました。」


 色々、そう色々。

全てここ最近の話なのだ。

最近の征樹の中には彼女達が詰まっている。


「色々か。」


 征樹の返事に鸚鵡返しに呟いた祖父は目を細める。


「お陰で、色々な事に気づけた・・・気づかされたんだと思います。」


 案外、人間は簡単に一人にはなれない。

自分が一人、そう思おうとしても、意外と何処かでつながっている。

自分が意図していないところで、と。 


「それはそれは。うむ、人間、何事にも気づけるか否かが大事だ。」


 たとえ、家族の一人を亡くしたとしても、朝日は昇って明日は来る。

どんどん積み重なってゆく。

そう思ったところで、目の前の祖父が、祖母もだったが、今までの自分の記憶の中の像より小さくなったように征樹には思えた。

いや、実際そうなのかも知れない。


「良い事だけじゃなくて、悪い事もあったかも知れないけど・・・きっとそれを含めて自分っていうモノになるのかなって思います。」


 そうやって、葵 征樹という人間が、誰にもなれない、代われない自分になってゆくと。

すると無性に恋しくなる。

いない事が不安になってくるような・・・。


「それで、征樹。気づかされて、はてさてオマエはどうしたいのかな?」


 孫との会話を心底楽しんでいるようで、それでいて少々心配そうな・・・。


「母さんを思い出す事以外で、泣きそうになるのは初めてかも知れない・・・。」


 征樹は立ち上がって、庭へと歩き出す。

庭は植木職人である祖父が整えただけあって、純和風で手入れが行き届いている。

それを視界に入れて一呼吸した後、くるりと振り返る。

祖父を正面に見据えて・・・。


「僕、帰ります。お祖父(じい)様やお祖母(ばあ)様には悪いけれど、向こうの家には逢いたいと思う人がいますから。」


 もういないかも知れない。

でも、帰りたい。

あそこが自分の家で居場所になったのだから。

そして、あの家には亡くなった母との思い出もある。


「逢いたい人か・・・そりゃあ、帰らんといかんな。」


 大きくなった孫に相好崩しながら呟く。

それが寂しさからなのか、嬉しさからなのかは征樹には解らない。


「約束をしたわけじゃないんだけれど・・・。」


「そう急かずに泊まってゆけと言いたい所だが、こっちには何時でも来られるからの。」


「はい。絶対(・・)に帰ります。」


 これだけは譲れない。

もう譲る事はしたくない。


「仕方あるまい。ばあさんにはこっちで言っておくか。」


 思ってたより、いやそれ以上にすんなりと承諾された事に拍子抜けしつつ安堵する征樹。

祖父はただ祖母に負けじと張り合っていただけで、元々話が解る人だったのかも知れないと思う。

惜しむらくは、昔の征樹にはそれを試みる事すら無駄だと思っていた事であろうか。

そして、その場で一礼し、くるりと背を向けると、征樹は祖父母の家を飛び出した。


「大きくなったなァ・・・。」


 一目散に駆けて行く孫の背を見送りながら、正直な感想を述べる。


「孫に振られてやんの。」


 感慨深げに見送る横に立っていたのは、竜木だった。


「うるせぇっ。」


 今までの成り行きの何処までと見られたのかと一瞬考えたが、どう考えても最初からに違いないと解ったので、怒鳴り返す。


「あのコにとって、今一番必要な人に会いに行っただけの話さの。」


 竜木はどっこいしょと杖を使って、横に座る。


「それが自分達じゃねぇってんだから、情けない。」


「そうさなぁ、息子の育て方に失敗したからといって、焦って孫の教育に手を出して、あぁも雁字搦めにするから、こうなる。」


「ぐぅっ。」


 隣で自分を睨む古くからの友人の指摘はもっともでぐぅの音も出ない。

征樹の知らない、彼の幼き日の祖父母の姿の事情がここにはあった。


「そもそもその息子とて性格はちょいアレじゃが、出来が悪いわけでなかろうに。」


 寧ろ、弁護士で出来が悪いと評する方がどうなのだろうか。


「幼い頃に母を亡くすなんて不憫だろう。」


 ようやく反論らしきものを吐く。


「かといって、あのコを可哀想な子供と断じるのもあのコに失礼な話だ。好きにさせてやるんだな。」


「何か、オマエに言われると無性に腹が立つ!」


 パシンと自分の腿の辺りを手で打つ、行き場のない何か。


「ワシだってオマエから征樹の話を聞かなければ、もっと自由にさせたわ!」


 昔から自分を出さない子供だったが、どちからといえば何でもソツなくこなす、聞き分けの良い子供程度にしか認識していなかった。

まさか、そんなにも鬱積していたとは。


「だからあのコはあんなに嬉しそうに出て行ったんじゃないか。それでいじゃないか。」


「まぁな・・・ただ・・・。」


「ん?」


 怒りで高まっていた感情が急に萎んでゆき、言葉もはっきりしたものでなくなっていく。


「家内に何と言うか・・・。」 「それは知らん。」


 竜木はさも面倒はごめんだと、喰い気味に答える。


「ヲイ、オマエも一緒に説得してくれよ。そもそも原因は・・・。」


「自業自得じゃろ?そもそもの原因は。」


「うぐぅっ。」


 再び二の句が続けられなくなる。


「あぁ、それとあのコは、もしかしたらウチの学園に入学するかも知れんからな。」


「なっ?!それは聞いてないぞ!」


「はて、言っとらんかったか?」


 どさくさ紛れの不意打ちもいいところだ。

出会った頃の征樹ならまだしも、今の征樹が学園に入学するかどうかは否定的だったが、竜木としては正直どちらでもいい事だった。

ただ彼が悩んで、悩んで、それで選んだ事ならばそれでいい。


「聞いとらん!」


「ふむ。では、今、言ったからな。」


「うぬぅ・・・オマエばかり・・・。」


 自分達が迎えに行くより先に征樹に出会ったり、征樹の心情を把握していたりと、何やら出遅れ感が大きい。

これは祖父の立場としては、大幅に減点をくらったようで非常に悔しい。

そして、羨ましい。


「さて、長いは無用。お暇しようかな。行くぞ、鈴村。」


「はい。」


 するとどこからともなくスーツ姿の鈴村が現れて返事をする。

どうやら鈴村も一連の流れを聞いていたらしい。

ただ、完全に気配を消していたので、全く気づく事はなかったが。


「オイ、コラ、待たんか!」


 待てと言われて待つ者は少数だろう。

それはたった今出て行った征樹を見れば、誰にでも解る事だった。


とりあえず、次回を最終回としたいと思っています。

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