第ⅩⅩⅠ話:人だからブツかる事は否めない。
「征樹君?」
一度自宅に帰って、当面の生活用品をまとめて持って来た静流は、居間でノートを広げていた少年を見つけて驚いた。
正午を数時間程まわったこの時間に彼がいる事はおかしい。
声をかけられた少年の方も驚きを隠せないようだった。
「・・・何で静流さんが?」
第一声はコレだった。
「私は荷物を取りに行って・・・征樹君どうしたの?学校は?」
平日のこの時間、当然学校の授業があるハズなのだ。
「早退しまいた。静流さんこそどうして?荷物って、昨日の件は断ったじゃないですか。」
学校を早退した事もそうだが、征樹のその冷たい物言いに静流は少し自分が苛立つのを感じた。
「それはそうだけれども、やっぱり誰か大人がいた方がいいと思って。それよりも早退って何でなの?別に具合いが悪いとか、そういう事じゃないんでしょう?ダメよ、サボったりしちゃ。学校に戻りなさい。」
そういう面倒を含めて、彼と一緒に暮らそうと決意したのだ。
やはり、そう考えた自分の判断は正しかった。
静流はそう確信を持つ。
だがそれは、あくまで静流から見ての事だった。
「だから僕はそんなの頼んでない!何なんですか!勝手に押し掛けて掻き回すだけ掻き回して!」
征樹が予想に反して、声を荒げた事に静流は大いに驚いた。
「今までだって独りでやってきたんだ!あなたが来てから、僕は家でロクに勉強だって出来てない!父さんだって今更なんだって言うんだ、ずっとずっと独りでいたのが当然だったのに。一体何なんですか!そんなに僕を監視したいんですか?!」
「監視だなんてそんな・・・。」
静流としては、それはただの善意で・・・。
「同じ事でしょう?僕が問題を起こしたら、父さんの仕事にだって支障きたすから。大丈夫ですよ、いくら必要のない子供の僕でも、そんなバカな事はしませんから!」
征樹はそう言い放つと憤然と玄関へ向かって歩いて行く。
「何処へ行くの!」
「そんなの僕の勝手でしょう!」
強制的に会話終わらせて玄関のドアが乱暴に閉まる音が響く。
残された静流は、その音が征樹の拒絶の衝撃のように感じてずるずるとその場に崩れ落ちた。
「・・・なんで・・・・・・。」
どうしてこうなったのだろう?
自分はただ、これから征樹を見守って暮らしていけると思ったのに。
ずっと征樹は独りで・・独りで居続けたから、ああなってしまたのだろうか?
そもそも彼が歪んでしまっているのは理解していたじゃないか。
寂しいと寂しいと感じられずに、温もりという感覚も余りない。
「征樹君・・・。」
自分の善意を監視と言い切った少年。
そういえば、昨夜の内に一緒に住む許可をちゃんと取らなかった自分も悪い気がしてきた。
きちんと伝えなかった自分。
彼は多感な年頃なのだから。
自分を必要のない子供だと言い切った彼。
そんな彼を見守りたい、温かく包んであげたい。
そう決意したではないか。
じゃあ・・・どうすれば・・・?
「征樹君は・・・居ていい存在なのよ・・・。」
受け入れる。
見守るとか監視とかではない、大切な人間。
「・・・私の家族になればいいのよ。」
彼の存在全てを抱きしめればいい。
これなら大丈夫だ。
だって昨夜は出来たではないか。
この腕の中に。
「征樹・・・。」
自分なら沢山の愛情を注いであげられるに違いない。
昨夜のように。
決意は、彼女の身体を震わせる。
-ピンポーン-
決意した彼女の頭上から、インターフォンの音が流れてくる。
室内の受話器で対応すればそれで事は済んだのだったが、この時の静流は些か冷静さを欠いていた。
"征樹かも知れない。"
すぐさま立ち上がり、転がり出る様に玄関へ。
征樹がインターフォンを鳴らすわけはないのだが、もしかしたら自分がまだいるかどうかを確認する為かも知れない。
そんな事よりも、征樹が自分の所に帰ってきてくれたと信じたかった。
彼女にとって、征樹が言い放った言葉。
自分が突き放された、拒絶されたような感覚が無意識に棘のように心に刺さっていた。
良くも悪くも彼女はその美貌で、その優秀さで、必要とされ続けてきた人間だったからである。
ある意味で、征樹とは正反対の立ち位置にいた。
勢い良く、相手が誰かも確認せずに玄関の扉を開け放つ。
「征樹君ッ!」




