第ⅡxC&Ⅶ話:肉親。
「そうと決まれば、計画を練らなきゃね。」
皆に微笑むと琴音は、これで険悪な応酬は終わりと言わんばかりに台所へと向かう。
「琴音さん?」
「まずは冷やさないと。」
冷蔵庫を開く音が聞こえる、
冷やすのは勿論、杏奈に張られた静流の頬だ。
「あ・・・その、ごめんなさい。」
小さく杏奈が呟く。
「いいのよ、お陰で目が覚めたし。」
未だに頬はジンジンと熱を帯びて痛む。
だが、不思議と怒りも不快感もなかった。
それこそ本当に目が覚めたみたいだ。
杏奈がどれ程に征樹を想っているかが解る痛み。
「文字通り、愛の籠もった一発だったわね~。はい、静流さん。」
「ありがとう。」
ハンドタオルに包まれた氷袋を琴音から受け取り頬にあてる。
これまたひんやりとして気持ちがいい。
「まずは征樹の行き先を調べないと。」
杏奈といえど、彼の祖父母の家は知らない。
聞いた事もない。
征樹が嫌がる事は(基本的に)しないのが彼女のポリシーだ。
そんな話題などした事がない。
「それは瀬戸さんか、鈴村さんに聞けばいいんじゃないかしら?」
流石にどちらかは知っている可能性が高い。
冬子に聞くテもあるが、彼女は忙しい。
すぐに捕まるとは限らない。
事態は拙速を求むのだ。
「あとは移動手段ですね。」
奏が更なる指摘をする。
速さが大事。
それが共通の認識だ、目的地に着くのも迅速に。
一秒たりとも征樹と離れたくなかったし、彼自身が嫌がる場所に置きたくもない。
「ちゃっちゃららっちゃちゃ~♪ゴ~ルドカ~ド~♪」
何処かで聞いた事のある青狸ヨロシクの口調で琴音が声を上げる。
「琴音さん、免許持ってたんですね。」
「学生時代にね。取っておいて良かったわ~。」
色んな意味で日本で一番使われて、一番役に立っている数の多い免許ではないだろうか。
「あとは・・・どうやって征樹君をもぎ取ってくるか、ね。」
向こうは間違っても血の繋がった親類なのだ。
「そもそも、静流さんは親権をちゃんと持っている征樹ちゃんのお父様から征樹に頼まれたんだし、それで押し通しちゃいましょ~。」
身柄を確保したら、あとはゴネてゴネてゴネまくればいいという方向性。
強引だが、征樹の意思もある以上、邪険には出来ないだろう。
「・・・やっぱそれしかないか。」
「後見人みたいなものですしね。」
正確には後見人とは違うのだが、杏奈と奏もそれに賛同の声を上げる。
「あとは征樹君が自分の意思で選んでくれるか・・・私達を。」
征樹は現在居る場所にいたくないと拒否すればいい。
だが、静流達を選んで、彼女達と一緒にいる事を選択するのはイコールではないのだ。
これに関しては誰も言えなかった。
「あ、でも、征樹のお父さんに事情だけは話といた方がいいカモ。口裏とか合わせるにも。」
「それには及ばない。」
聞き覚えないのない声。
「ふぅむ、征樹はモテモテだ。私の若い頃ソックリ。」 「ばぁ~か。」
にこにこと笑みを浮かべる男と・・・瀬戸。
「征樹のお父さん?!」 「所長?!」
「はい、お父さんです。」
にへらっと笑った顔は、確かに征樹に似ていない。
銀縁のスクウェアの眼鏡をかけた糸目の中年男性。
笑ってはいるのだが、その目の細さのせいか、笑顔がのっぺりとした、何処か作り笑いめいて見える。
「えぇと、お隣さんに、小学校の頃の同級生に・・・。」
琴音、杏奈と視線を流してゆく。
「アタシを覚えてるんですか?」
授業参観と運動会で見たくらいの人間の顔を覚えている征樹の父。
「記憶力はいい方なんだよね。特に征樹と死んだ妻、そして隣の悪友の事は特に。」
悪友とは無論、瀬戸の事である。
呼ばれた当人は、ジト目で睨んでいるが。
「初めましてお父様。私は征樹君の学校の上級生で、四之宮 奏と申します。」
突然現れた想い人の父に、ガチガチに緊張しながらもなんとか自己紹介を試みる。
それに対して、征樹の父は笑みを崩さないまま隣の瀬戸をじっと見た。
「どうしよう、悪友。"お父様"と呼ばれてしまったぞ?ここは父として・・・。」 「それ以上、場を混乱させるような事を言ったら、悪友としてアンタの顎、外すよ?」
最後まで言わせる事なく、自分を見る男の視線をジロリとに睨む瀬戸に対して、征樹の父は諸手を上げる。
そして、そのまま、頬をかいて・・・。
「しかし、親はなくとも子は育つというか、どうしてなかなか愛されてるじゃないか、ウチのコは。流石、妻に似ているだけある。」
「そうね。アンタに似てると言えば、奥手で臆病なトコくらい。」
もうあしらうのも慣れたモノで、瀬戸はすぐさま切り返す。
このテンポの良さが二人の関係や時間を物語っているのだろう。
「確かに、親子の距離感は取れていない。それがあのコにとって余計な重圧になってしまっている事も。しかし、一つ、言い訳させてもらってもいいかい?」
その言葉に誰も何も言わない。
それを確認してから、再び口を開く。
「私は妻も息子も愛している。大体、私がこんな育ち方をしたのもあのジジババのせいなんだからなっ!」
どうやら、征樹の祖父母というのは父方という事らしい。
が、
「一つじゃなくて、二つになってるよ、アンタ。」 「う゛・・・。」
鋭い。
鋭い一言がグサリと突き刺さる。
「アンタ、よく弁護士勤まるね、それで。」
「と、まぁ、言いたい事はだね、さっさと取り返して来てくれないかな?あのご老体共には一切任せる気も、口も出させる気もないから。それに、村迫くん?」
「はい。」
直接の上司のせいもあって、静流は直立不動の姿勢を取る。
「私は、君に征樹を任せたはずだよ?」
やっぱり口元は笑っていても、そうは見えない。
そしてそこには有無を言わせぬ迫力がある。
ある種の脅迫めいた威圧感。
「場所はここだ。」
住所と連絡先を書いたメモを静流に渡す。
「所長はいらっしゃらないのですか?」
「どう考えても君達の方が確率高い。私が行くと余計に逃げてしまうかも知れないし。」
「あ、あの!」
「ん?」
ここで杏奈が割り込む。
実はずっと前から切り出そうと思っていたのだが、意を決するまでに時間がかかってしまった。
杏奈が言い出せたのは、これが征樹の為にも必要な事だったからだ。
「その、さっきのも含めて今の話、いつか征樹に話してみてくれませんか!」
息子を"愛している"とはっきりと断言した。
ならば、征樹が感じているような障害は本当はなかったのではないだろうか?
互いが互いに壁があると思い込んでいるだけで・・・。
杏奈にはそこに答えがあるような気がした。
「ふむ・・・まぁ、いつかね。」
にっこりと、今度はさっきよりも目が笑っているようにも思える笑顔で、征樹の父は静流達を送り出した。
「ねぇ、悪友?」
静流達を玄関で送り出し、そしてその扉が閉じられた後にその男は口を開く。
「何さ?バカ親。」
「う・・・それ、少し傷つく。」
「嘘は言ってないだろう?」
瀬戸はそれが何か?とすましたものだ。
「尚更に傷つく。」
かけていた眼鏡を外して視線を下げた後、胸の内ポケットから出した布で拭き始める。
それだけの間を取って。
「一体、どのコがウチのの本命で、義娘になる予定なんだい?聞けば他にもいるらしいと言うじゃないか。実はさっきからドキドキで・・・。」
「黙っときなバカ親。本当に顎外すよ。」
全然ドキドキも緊張もしている様子も見られない悪友に、今度は半分本気で答える瀬戸だった。




