第ⅡxC&Ⅵ話:愛をキミに伝えてく。
「・・・。」
帰路に着いた静流には、言葉を発する気力は残っていなかった。
靴を揃える事なく無造作に脱ぎ捨てて、玄関を上がる。
今はともかく何か喉を潤したかった。
黙ったまま、とりあえず冷蔵庫に向かう為に居間へと向かう。
「おかえりなさい、静流さん。」
そこには杏奈と奏、そして琴音の姿があった。
毎度の事だが、この企画の報告会的なものの為だ。
征樹に直接聞いたところで、曖昧な返事しか返ってこない事を見越した会だった。
しかし、今回は静流が最後だった事もあり、特に伝達事項などがあるワケもない。
「あれ、征樹くんは?」
奏は静流が一人である事に気づき、最近ようやく許可(?)を得た名前呼びで聞いてみるが、静流はその声に反応する事なくふらふらと居間を通り抜け台所へと消える。
「どうしたのかしら?」
いつもの静流とは程遠いその様子に琴音は首を傾げ、3人は顔を見合わせる。
冷蔵庫が開く音、そして閉じる音がして、そして再び静流が姿を現すと、無言のまま彼女は席に着いた。
その間も静流は3人の誰とも目を合わせる事はしない。
いや、出来なかった。
「征樹君は・・・征樹君は帰ってこないわ。」
「え?」 「それって・・・。」
静流が漏らすように呟いた言葉の意味が理解出来なかった。
「征樹君はもうここには帰って来ないの。」
「どっ、どういうコト・・・?」
その言葉を以って意図を問う事にかなりの時間を要した気がする。
『お祖母様・・・。』
オフィスを出て、ランチへ行こうとした二人の前に現れたのは、征樹の祖母だった。
静流は征樹の祖父母とは面識がなかったが、征樹の反応を見れば正真正銘の彼の祖母なのだろう。
「征樹君は、彼の祖父母に引き取られたわ。きっとあちらで暮らす事になると思う。だから、ここにはもう・・・。」
恐らく、彼の出張が終わっても帰って来る事はないだろう。
「はっ・・・はあぁぁ-ッ?!ナニソレ!ふざんけんじゃないわよ!」
すぐさま声を荒げたのは杏奈だった。
杏奈は直接的に聞いたわけではなかったが、その後の征樹の変化を見れば、彼が幼少期を過ごした祖父母の家というのがどんなものだったか、少なくとも征樹にとってはロクなものじゃなかった事くらい容易に解る。
「何を今更勝手に・・・。」 「私が言ったのよ!」
だんっとテーブルに拳を打ち下ろして静流は杏奈の言葉を遮る。
『行きなさい、征樹君。』
そう言う他に何があったのだろうかと思う。
そういえば、自分がそう言った時の征樹はどんな顔をしていただろう?
全く思い出せない。
「その方が征樹君にとっていい・・・。」
パシンッ!
今度は静流の言葉がその音で遮られる。
杏奈の張り手によって・・・。
それを見た奏が慌てて杏奈の身体を羽交い絞めするように押さえ込む。
「いいわけないでしょ!」
一体全体、この人は征樹の何を見ていたというのだろう。
デート企画を実行するまで、自分達はずっと征樹を見ていたはずなのに。
何故こんな・・・。
その想いと怒りが杏奈の身体を動かしていた。
「仕方ないでしょう!私は赤の他人で、あっちは血の繋がった肉親なのよ!一体私にどうしろって言うの?!」
静流は別に征樹の親権や養育権を持っているわけではない。
所詮、ベビーシッターや家政婦レベルと同じなのだ。
それをどうすれば止められたというのだろう・・・。
弁護士としての自分がこんなに無力だと思った事はない。
所在なさげに腕で自分の身体を抱く事しか出来ない。
「静流さんはズルいです。」
杏奈の後で奏が口を開く。
そういえば、前にもそんな事を思ったりしたなと、脳裏に過ぎる。
「都合のいい時だけ大人になって・・・都合のいい時だけ赤の他人になって・・・。」
自分がこの輪に入る為にどれだけ大変だったか。
「私は征樹くんが好きです。だから、ラブレターを書きました。」
奏は冷静だった。
自分でも恐いくらいに。
いつもだったら恥ずかしくて、赤面して、しどろもどろで何も言えなかっただろう。
でも、征樹の事が好きだったから。
だから変われたんだと思う。
その感情を、人を好きだという事の何が恥ずかしい事か。
「私は征樹くんを独り占めしたい。独り占めされたい。」
何故だか笑みがこぼれていた。
「私の心と身体が彼を愛してるから、だから、こんなの嫌です、離れたくないです。いけませんか?」
頑として、一歩ですら退かないという意思と堂々とした態度。
赤の他人?
だからどうだというのだという。
「いいね、独り占め。されてみたよね?何せ、征樹のヤツ、アタシがマッパでも何もして来ないしなぁ・・・。折角、アタシの全部あげるって言ってんのにさぁ。」
奏も奏で爆弾発言だが、杏奈も杏奈で爆弾発言だ。
「こ~んだけ愛して、自分を晒してんだから、今更逃げられてもなぁ。アタシはヤだなぁ。一人でダメなら奏先輩と二人がかりで誘惑したら帰ってくるかなぁ?」
今更隠したって、そこに征樹がいなければ意味がない。
二人とも欲しいのは征樹だけだ。
何年か経てばあの頃は・・・と、懐かしく思い返せるかも知れないが、欲しいのは今なのだ。
「あらぁ~。じゃ、お姉さんも仲間に入っちゃおうかしら?」
今までずぅっと傍観を決め込んでいた琴音までもがこんな事を言い出す。
「三人がかりなら、イケるかしら?」
うふふ♪とノリノリである。
「でも・・・。」
三人の言い分にそれでも言葉を濁す静流。
「もう、まだ言ってる!」
「杏奈ちゃん・・・。」
「先輩、大丈夫だから。ちょっと待ってて。」
杏奈は溜め息をつくと、居間から出て行き、すぐにどたばたと引き返して来る。
その手には静流も見た事もある。
「これを見て、まだ赤の他人とかなんとかって言える?」
杏奈は、手に持ったソレを静流に見せつける。
「それって・・・。」
「征樹の夏休みの宿題。ここ最近、ずぅっとコレ描いてるんだよ?」
持ってきたそれは緑色のスケッチブック。
開いたページは、微笑んだ静流の横顔が描かれていた。
「毎日。毎日だよ?征樹がどうでもいい人とか、赤の他人を描きたいとか突然思ったりする?こんなに頑張って描いたりする?」
自分じゃないとはとても言えない程に良く似た人物画。
裁判でも受けた事のない衝撃が静流を襲う。
「静流さん、冷静になってごらんなさい?あなたに行けと言われた時の"私達の"征樹ちゃんはどんな顔をしていたか。」
「どんな?」
それが思い出せない。
肝心なそれが。
「私には簡単に想像がつくわ。私は征樹ちゃんラブのお姉ちゃんですもの。」
ラブとかそんな事はさておき。
というより、さらりとさりげなくそういう単語を入れてくるところが、杏奈と奏とは違う。
「きっとお母さんを亡くした時のように・・・迷子になった子供の様な顔をしてたんじゃないかしら?」
「ぁ・・・。」
椅子が倒れて大きな音を立てる。
急に立ち上がった静流。
霧が晴れて、突き抜けるような青空が眼前に広がったような気分。
「私・・・どうしよう・・・。」
心臓の鼓動がトクンと跳ねる。
どうしても、もう一度触れたい。
たとえ、もう二度と会えなくても。
「・・・私・・・征樹君に会いに行かなきゃ・・・。」
そして、彼に"愛してる"と言わなければ・・・。
でなければ、彼の心はまた迷子の独りぼっちになってしまう。
恐らく、あと3話程で終了予定ですかね。




