第ⅡxC&Ⅴ話:何処かに置き忘れた距離感で。
「ランチは何にしようかしら?」
事務所を出て、開口一番に静流がそう聞いてくる。
夏の日差しに目を細めながら、征樹はちょっとだけ考えた。
基本的な行き先は女性が決めるルールのはずだからだ。
それとも、この程度くらいならいいのだろうか?
「オムライス?それともカレー?」
にこにこといやに具体的な選択肢を言われた事に征樹は、不安がこみ上げてくる。
笑顔は笑顔なのだが、目が笑っていない。
勿論、征樹には原因に心当たりがあるわけでもなく・・・。
(やっぱり、アドレス、まずかったのかな・・・。)
事務所を出る際、例の三人組がアドレスの書いたメモを強制的に征樹に押し付けて逃げ去って行ったのだ。
逃げられてしまったので、征樹はその紙を返す事も出来ずに呆然とするしかなかったのだが。
静流にはそれが単純に面白くなかったのだ。
それと彼女達の大胆な行動力を、心ならず羨ましいと思ったのも半分、征樹の事を良く知らないクセにといったところが半分だ。
自分は添い寝だってしたし、キスだって!と、自分の方が遥かに勝っているのだという自負を杖代わりにかろうじて立っている状態。
それを更に沸々とこみ上げる怒りで補強中なのだ。
「それ以外でも、なんでもいいわよ?」
それとは他に静流には一つ小さな野望があった。
先程からそれを試みようとしては止めを繰り返し、腕がぷるぷると小刻みに震えているのを押さえ込んでいるのだ。
「じゃあ、ファミレスかな。」
そこならばオムライスだろうが、カレーだろうがメニューにあるだろう。
品数もあるから、静流だって何かしら好きなものがあるだろう。
それに静流が言っていた"オムライス"や"カレー"、それはどちらも征樹にとっては思い出深い大好物だ。
それをちゃんと覚えていて、そして優先してくれたのが征樹には嬉しい。
記憶や思い出になっていっている気がする。
「ファミレス・・・で、いいの?折角のデートなのに?」
静流としては拍子抜けもいいところなのだが、征樹は大人ではなくイマドキの学生なので、こういうものなのかも知れないと思い直す。
「う~ん、そうだけれど、なんか、ファミレスっていうのがちょっと憧れるというか・・・。」
別にファミレスに行った事がないわけではない。
同世代の人間とだって、一人でだって行った事はある。
瀬戸と食事をする時は、瀬戸自身が外食を好まず手作りに拘っているので、行くような事もない。
そもそもファミレスは、その名の通りファミリーレストラン、征樹にとってそんな家族は近くにいない・・・。
「そ、そう征樹君がそう言うなら、そうね、それでいきましょう。」
ファミリー、家族に対する憧れ、それを静流に望むという事に過剰に反応してしまって、赤面とともに声も上ずってしまう。
しかし、そのままの勢いで静流は征樹の腕を取って、自分の腕に絡ませる。
もう既に恥ずかしい所を見せてしまったのだから、今更だと思い、無理矢理にその小さな野望を叶える事にしたのだ。
やはり、カップルでデートはこうでなくては!と息巻きつつ。
ただ、征樹と静流の身長差では少々動きづらい。
そのうえ、いい具合いと言ったらいいのだろうか、静流の主張している塊が征樹の身体にもにゃんと当たる。
「え~と・・・。」
「?どうかした?」
「いや・・・。」
困る征樹に、全く気づかない静流。
それが更に征樹を困らせる。
口に出して言うのも憚られるからだ。
まさに羞恥のスパイラル。
しかも、主に征樹にだけ。
「早く行かないと席がなくなってしまうわ。」
そう言って、絡ませた腕に力を込め、更にむにゃっとさせながら、静流は征樹を引っ張る。
もうどう反応していいのやら。
だが、歩き始めた途端に征樹はすぐに足を止める事になる。
視界の端にかすめたソレに・・・。
「征樹君?」
ぴたりと歩みを止めた征樹がゴクリと息を呑んだ音がした。
その音が聞こえるくらいの距離に近づいたのは何時以来だったろうか?と、そんな事が静流の頭に過ぎる。
静流達の背後の路上に一台のタクシーが止まり、ドアを開く。
そこから、ゆっくりと人影が降りてくるのと、征樹が無機質な動きでぎごちなく振り返るのはほぼ同時だった。
「征樹?征樹や。」
紬姿の女性に声をかけられても、征樹は一向に返事をする事はなかった・・・。




