第ⅡxC&Ⅰ話:そこに込められた想いを。
部屋の中は意外とすっきりしていた。
本人がいないせいもあるだろう。
それも外のデスクと比べてといった程度だ。
それでも征樹の想像したよりもずっと清潔感がある。
どっしりとした木製の机に身体全体を沈められそうな椅子。
そして、背後に備え付けられたこれまた木製の棚。
「これ・・・。」
征樹の目を引いたのは、そこに六法全書に紛れて置いてあった物だった。
「これ・・・母さんと・・・僕?」
二つの写真立て。
棚の片隅にひっそりと、それでいて椅子をくるっと回せばいつでも視界に入れられる位置。
父と一緒に微笑んでいる母と、幼子を抱いて微笑む母の写真。
当然、その幼子は征樹だ。
母が亡くなってから写真など撮る事はなかったし、それ以前もそんなに撮った記憶もない。
もしかしたら、これくらいの写真しか残っていないのかもしれない。
「どう?お父様の仕事場は?」
写真立てを征樹が手にとってまじまじと眺める時間をたっぷりと取ってから、静流は征樹にその言葉を投げかけてみる。
「う~ん・・・。」
写真を置いて、天を仰ぐようにして見た征樹は静流のようにたっぷりと間ともいえる時間を使って・・・。
「どうだろ?」
静流に向き直って微笑む。
「何が?」
事情が事情だけに複雑で端的に聞いたり言ったり出来ないものなのだが・・・。
「ねぇ、静流さん?」
「ん?」
また視線を天井に向け、そして静流、写真へと移す。
「この写真て、一体誰が撮ったのかな?」
素朴な疑問。
なんとなくだが、征樹には予想はつく。
「二人が写ってるのは・・・う~ん・・・瀬戸さんかな?」
「かも知れないわね。」
何となくそんな気がした。
「じゃあ、僕が写ってるのは誰が撮ったんだろ・・・。」
きっと・・・。
「父さん・・・かな。」
ぽつりと呟き、一人、神妙な顔になる。
そして思考する。
母は幸せだったのだろうか?
自分を産んで・・・そして、父の幸せとはなんだったのだろうか?
勿論、母と一緒にいた時間は幸せだったに違いない。
こうして写真を、いや全くの推論なのだが、それを撮る、この場に置くくらいには。
「どうかしらね?」
静流は肯定も否定も、ましてや明確な返答すらもしなかった。
それが正しい返事だと感じたから。
征樹にとって、今は感じ、考える事が大事だと。
主に"距離感について"。
自分との距離感はこの際棚に上げているのは言うまでも無い。
「家を探せばまだあるかな?」
きっと家の何処かにはまだ他の写真もあるだろう。
母の遺品整理をしていたのが誰かは解らないが、きっと何処かにひっそりと眠っているに違いない。
父には捨てる事など出来ないはずだ。
いっそ、鈴村に聞いた方が早いかも知れない。
そして瀬戸。
若い時分の母と父の姿ももしかしたら見られるかも知れない。
そう思うと、何故だかワクワクしてくる。
あの、自分以外は誰もいなかった寂しい家が宝箱のようにも思えてくる。
「静流さん。」
「なにかしら?」
静流は、この時間が好きだった。
好きだという事に、つい最近気づいた。
征樹がゆっくりと咀嚼するように思考する時間。
その顔を微笑みながら眺める。
自分の事、それ以外の周りの人間の事、その全てを想う征樹の表情が少しずつ良いモノに変わってゆく感じが。
そこに自分が含まれると更に喜ばしい事なのだが、それを別にしても、たっぷりと考えて出した征樹の言葉に『そうね』という肯定を含んだ相槌、『なぁに?』と疑問や確認を含む反応を返す事が。
勿論、万感の想いを込めて・・・。
「今度、一緒に写真を撮りませんか?プリクラとかそういうんじゃなくて。」
「えぇ、喜んで。」
出された結論に、精一杯の愛情を込めて・・・。




