第ⅡxC話:歩み寄る為の条件。
征樹が半ば考えるのを放棄した静流の意図。
別にたいした思惑があるというわけではない。
征樹は父の事について(だけとは限らないが)、何も語らない。
諦めて諦観してはいるが、嫌ってはいない。
そう把握している。
それはまだ"父"という位置にいるという事だ。
ならば、どちらにどう転がるか解らないが、判断材料の一部として、父の職場というものを見ておくのもいいのではないか?
その為に自分とのラブラブ(?)デートの時間は限りなく短くなるかも知れないが、征樹の為になるならば、それも致し方ない。
まぁ、出来ればちょっとだけ、ちょっとだけでもいいからデートらしい事もしてみたくもあるのだが。
「どう?」
「どうと言われても・・・。」
そのオフィスは資料が一部山を成している事を除けば、特段何のコレといった事のないオフィスである。
よくドラマとかに出てくるようなのと変わらない。
もう一つあるといえば、棚のケースに六法全書とラベルの貼られた判例集や資料の類とタブレットがあるくらいだろうか。
皆、忙しく働いているせいか、征樹を気にとめる者はいない。
いたとしても隣にいるのが静流と見るや、また仕事に戻る。
時折ではあるが、
『村迫さん、その子は?』
とか
『村迫さんの子にしては大きいですね。』
とか、はたまた
『光源氏計画ですか?』
と笑う者まで。
最後のが、静流としては一番ギクリとするところではあるのだが、だが、そんな皆も静流の次の一言。
「所長の息子さんよ。」
と言うと、まるで示し合わせたかのように似通った言葉を吐く。
"母親似だ。"というのと"父親似じゃなくて良かったね。"
大別するとこの二択。
この二択しかない。
それも"じゃない"ではなく"じゃなくて良かった"という辺りが、征樹にとってなんとも複雑で、恐らく苦虫を噛み潰したとはこの事だろうと思う程、しかめっ面をしていたに違いない。
(そりゃあ、そっちのが・・・いいけど。)
父親似と言われるよりは、母親似と言われる方がいい。
ここでも男という性別的な側面から見れば複雑な気持ちになるが、男の場合、母親方の血筋の外見を受け継ぎやすいとも言う。
しかし、ここで働く人達にとっては父は上司なのである。
しかも、トップ・ボスというヤツなのだ。
こんな言い方をするのは、組織としてどうなのだろう?
それともあれだろうか?
父の部下に対する態度が宜しくないのだろうか?
征樹は真剣に考えてしまう。
とりあえずは、もうこう言うしかない。
「よく言われます。」
と、こちらも無難な返事で済ませる事にした。
事実なのだし。
「征樹くん、こっちよ、こっち。」
一通り声をかけてくる者を処理すると、静流はまた彼を促す。
征樹は、途中で視線の合った者に会釈しつつ・・・大半は女性だったが、女性陣の反応はなんだか自分を珍獣か何かと勘違いしているような気がして、とても居心地が悪い。
「ここが所長室。お父様の仕事場よ。」
そう言うと何の躊躇いもなく、ノックもせずに静流は部屋の扉を開ける。
この部屋の主である人間がいないという証拠だ。
それに関しては征樹もほっとしたが、依然、身体に緊張感が残っている。
「失礼します。」
中に人はいない。
それは解りきっている事なのだが、征樹は一声をかけてから恐る恐る部屋の中へと入る。
部屋の主もいない、そして会話を交わすわけでもない。
だが、これは親子の歩み寄りともいえる。
ただ、会い方がどうこうというわけではないのだが、残念といえば残念なカタチだった。




