第C&Ⅸ十Ⅳ話:圏外の距離と繋がるココロ。
はっぴばーすでー自分(ぇ
かぶりを振った杏奈の態度は非常に頑なだった。
「違う場所へ行ったら、そこにはもう自分の生活があって、時間があって、きっとそれは大変で・・・。」
環境が変われば、生活のサイクルも変わる。
文字通り新生活が待っているのだ。
「それに慣れちゃったら、どんどん離れていっちゃうんだ・・・前の、アタシ達との生活なんて全部・・・。」
何も離れていくのは体感的な距離とは限らない。
心の距離も含まれる。
杏奈はそう言いたいのだ。
「・・・全部、遠い昔のどうでもいいことに・・・。」 「ならないよ。」
長々と呟くように話していた杏奈の言葉を征樹は遮る。
大きな声ではなかったが、それはとても強い口調だ。
「杏奈の言っている事は正しいと思う。でも、杏奈は一つ間違ってる。」
「アタシが?間違ってる?」
それ程遠くはないだろう未来の話。
環境が劇的に変わるのは生きていれば当然の事。
「周りの環境は変わる。でも、杏奈は"二人分の気持ち"を考えてない。」
仕方がない。
人間、自分の我を通す為には、周りの事など見えなくなりがちだ。
それは征樹が我が身を以って味わった事でもある。
「二人分?」
「僕と杏奈の関わりなんだから、気持ちは二人分だろ?」
窓から外を眺める杏奈の隣の位置まで歩み寄った征樹は、彼女を見つめる。
「たとえ片方が離れて行ったとしても、もう片方がいるだろう?」
杏奈としては、その二人の両方ともがそうなったらどうしようという話をしたつもりだったのだが・・・。
「それにどんなに忙しくて会えなくなったとしても・・・忘れるわけがないじゃないか。」
ガサツで人一倍元気で、調子に乗り易いけれど、本当は寂しがり屋で繊細な幼馴染。
「こんなガサツでウルサイ女、忘れる方がどうかしてると思うけど?」
思っていてもそこは言わないのが武士の情けなのに。
それを征樹に求めるのは無理な話だ。
「酷いなぁ、アタシだって傷つくコトもあるんだぞー。」
無理だという事は杏奈も重々承知している。
征樹に向かって頬を膨らまして・・・そして微笑む。
「第一、幼馴染なんて腐れ縁忘れるわけない。」
腐っていようがなんだろうが、縁は縁。
それは繋がっている。
今までの征樹には一つもなかったモノだ。
「そういうもんかなぁ?」
征樹はそう言うが、杏奈は今ひとつ釈然としない。
「そういうもんだよ。大体それ以前に何時も勝手にウチに来てるじゃないか。」
「あれ?」
「しかも予告ナシに。」
夏休みに入ってからは、朝に昼に夜にとひっきりなしに征樹の自宅に来ている。
そう予告ナシに。
「あはは、そうだネ。」
てへっと舌を出す杏奈。
このコロコロと変わる表情が征樹にとって、とても興味深いものになっている。
人と関わって興味を持つ、それは悪い事ではない。
人間関係が始まる初歩の初歩だ。
ようやく征樹はそれを学びつつある。
本来、幼馴染という存在の役割の一つではないだろうか?
逆に言えば、征樹はそれすらもあまり学習出来る機会を持てずに育ってしまった。
ある意味でコミュニケーション障害と言えなくもない。
勿論、それを責める事も筋違いだ。
それに彼は確実に変わり始めているのだから。
人の成長速度など、人それぞれだ。
遅い早いを論ずるのもナンセンス。
「さぁ~て、次は何処に行こっか?」
「は?」
まさかの展開。
杏奈の事だから、てっきりこの先のデートプランを(無駄に)きっちりと考えてあるとばかり思っていた征樹。
(やっぱり人を理解するのって難しいんだな。)
決してパターン化される事のない幼馴染に呆気に取られつつ・・・。