第C&Ⅸ十Ⅱ話:重なる現在と重ねる現在との違い。
結局、ぐるりとまんべんなく店の中を回って帰路につく。
夕食の食材を含めて、なんやかんや細々と買い、いつの間にかそこそこの荷物の量になってしまっていた。
だが、そこは征樹も男の子、荷物の大半は征樹が持って帰る。
それが男の子の矜持。
「意外と時間使っちゃったわねぇ~。」
「そうだね。」
自宅に帰るともう夕方になってしまっていた。
家の中には誰もいない。
もしかしたら、あらかじめそういう流れになるように琴音が頼んだかも知れないなと考える。
デートは一日なのだから、それもアリといえばアリだ。
(今日は二人で夕飯なのかな?)
以前、一人寂しく夕食の準備をした事を思い出す。
今日は少なくとも琴音がいるのだが・・・。
(結局、皆を含めて家に帰ったから食事をするのが当たり前になってる・・・。)
それは征樹にとって驚く事ではあるが、嫌ではない。
「じゃ、お夕飯の支度をしなきゃ。」
「手伝うよ。」
二人並んでキッチンに立つ。
そんな事がこの家で起きるなんて、半年程前には夢にも思わなかった。
征樹一人では広すぎた台所も今はそうではない。
しかも温かく感じる。
それは料理の熱だけではないはずだ。
「私ね・・・。」
「?」
「最近、結婚の事とか子供とか、余り考えなくなったの。」
視線を料理鍋から目を離す事なく話し始める。
征樹はふと店内にいた親子連れを思い出していた。
「征樹ちゃんのお陰ね。」
「え?」
「征樹ちゃんは私の恋人にも結婚相手にも、ましてや子供にもなれない。でも、何も求めてないわけじゃない。」
琴音が自分に求めているモノとはなんだろう?
自分に果たしてそれを彼女にあげる事が出来るのだろうかと・・・。
「勿論、弟でもないのよ?あ、でも好きって言ってもらえるのは嬉しい。」
本気で征樹には解らなくなってきた。
「今は一緒にいてくれるのがいい・・・こうして一緒に料理をしたり、何気なく過ごす事が、私が生きてるって存在してるって感じがするの。」
確かに基準となる日々の積み重ねがなければ、その日が"良い日"か"悪い日"か判断がつかなくなるとは思う。
「征樹ちゃんを見てるのが幸せなの。色んな表情が見られたり、変わっていく事が。」
「・・・僕も、琴姉ぇがいてくれるのは・・・嬉しい。」
それは正直な気持ちだった。
以前、鈴村に言った事と同じ、琴音は琴音。
そこにいるその人が全て。
「ねぇ、征樹ちゃん?これから先どうなるかは解らないわ。それは未来の事だから皆同じ。誰にも解らないの。」
未来への漠然とした不安は誰にでもつきまとう。
それは大なり小なり、どんな人間にも。
「でも、もしかしたら未来も同じかも知れない。蓋を開けてみるまで解らない。何故だか解るかしら?」
何故だろう?
征樹にはその問いの解は解らない。
解っていたら、こんな不安になったり、考えたりなどしない。
悩み事にすらならない。
「未来の前に現在があるから。現在の積み重ねに過去があるからよ。積み上げてきたモノに嘘はないから。」
確かに未来をどんんどん極小に切り刻んでいけば、限りなく現在に近い時が断続的に重なっているだけに過ぎないのかも知れない。
「たっだいま~。」
玄関から聞き慣れた声が聞こえる。
「だから、今から、私達のいる時間から大事にしていきましょうね~。」
複数人の慣れた声と気配が近づいて来るのが征樹にも解る。
「あぁ、そうだったわ~。」
何か材料でも買い忘れたくらいの軽さで、琴音が征樹の唇に自分の唇を重ねる。
それは短い時間ではあったが。
「はい♪デートお終い♪」
琴音のこの行動は、征樹にデートの定義を考えさせるだけの破壊力があったとだけ言っておく事にしよう。