第C&Ⅷ十Ⅴ話:High&Lowな女。
困った事に、いや困ったと表現していいかは征樹自身も解らないのだが、とにかく困っていた。
「・・・。」
「・・・。」
キルシェとのデートで人間関係の距離の機微というものをある程度学習したつもりの征樹であったが、今現在、自分の隣にいる人物にどう対処したらいいのか解らなかった。
あれだけ発言には気をつけろと釘を刺された征樹。
しかし、相手の鈴村が終始無言では、発言も何もあったものではない。
なにしろ会話がないのだ。
様々なパターンで外出を繰り返してきて、色々と学習してきたと思っていたのだが、まだまだ甘かった。
もっとも、女心というものは男にとって永遠に解けぬ謎といえるのだが・・・。
「あのっ。」 「ちょっと黙っていて下さい。」
たまらずに隣にいる鈴村に声をかけようとするも、あっさりと却下され袖にされる。
「いや、その、気が散るので・・・。」
鈴村にしてみれば、今の状況は征樹の独り占め、天にも昇る気持ちなのだけれど・・・流石にそれで死んでしまっては目もアテられない。
・・・只今、運転中につき。
「すみません。」
「あ、いえ、別に征樹様が悪いわけでは!」
丁度タイミング良く信号待ちで停車した鈴村は、慌てて征樹へ顔を向け謝る。
こんな事なら車で移動など選ばなければと思わなかったわけじゃない。
しかし、これから行く先は来るまで行く方が便利なのだ。
何より、征樹と二人っきりの時間は誰にも譲れない。
「何分、久々の運転なもので。」
ならば何故?と征樹は問おうと思ったのだが、そこは相手の行きたい場所に行くのが今回の基本ルール。
それに鈴村にだって鈴村の考えがあるのだろうと言葉を飲み込む。
「別に私は征樹様を蔑ろにしているわけではなくてですねっ。」
鈴村は鈴村で、征樹の態度を"不平不満"ととったのか、慌てて取り繕い始める。
鈴村にしてみれば寧ろ・・・。
「寧ろ、蔑ろというか、その逆というか、それはもう征樹様が望むならいくらでも・・・。」
「鈴村さん?」
「は、はいっ!」
「信号、青です。」
「あ、は、はい。」
なんともいえない間の悪いさに、少々腹を立てなくもなかったが、信号とはそういう仕組みなので仕方がない。
「私にも・・・。」
「はい?」
「私にもどうしても行きたい場所があるのです。勿論、征樹様と一緒に。」
運転を再開して集中を要する前に何とか言えたと鈴村は胸を撫で下ろす。
「行きたい所・・・ですか?」
運転に集中し始めた鈴村からの答えはない。
果たして、それは何処なのだろう?
征樹は首を傾げる。
一緒に行きたい所、そう言われても征樹と鈴村は出会って日が浅い。
そのうえ、他の女性陣と比べても生活を共にする時間も少ない。
まだキルシェ達姉妹の方が、会話の密度も時間も多いかも知れない。
そんな現状なのだ。
皆目見当がつかない。
共通項といえば、征樹の母以外はないのだが、今回も母と何化関係する事なのだろうか?
寧ろ、それ以外は思い浮かばない。
しかし、それが自分と一緒に行きたいところなのだろうか?
ハテナマークが溢れんばかりである。
(まぁ・・・いいか。すぐに解るだろうし・・・。)
今はただこれから鈴村と二人で過ごす一日を楽しみにしてればいい。
『アレはオマエに関しては、ただのアホだ。』
キルシェのその言葉が征樹の脳裏に過ぎり、一抹の不安を覚えずにもいられなくはあったが・・・。
もう車に乗ってしまっている事だし、征樹はソレを何処かへと無理矢理に押し去るのだった。