第C&Ⅷ十Ⅳ話:物事を単純にするか、複雑にするかは・・・。
「ニア、よかったね。」
ショーに参加した記念に、バンドウイルカのキーホルダーをもらったニアは気に入ったのか、しきりにそれを眺めて楽しそうにしている。
ちなみにコレは、ついている線を引っ張るとカタカタと動き、イルカの鳴き真似(だと思われる)をするのだが・・・。
「はい♪」
そのチープさはなんとも言えないが、ニアが気に入って喜んでいるのだから、征樹としては特に突っ込む事でもないかと考える。
「お手軽なヤツだ。」
征樹が思いとどまった事をばっさりと言うキルシェとは、個性の違いだと認識するとして、楽しそうにしているニアを見ると・・・。
「はぅっ。」
征樹はなんとなしに彼女に向かってぐぃと手を伸ばすと、頭を撫でる。
「う~ん・・・。」
一度唸り、そしてまた撫でる。
「うぅ・・・。」
ニアは良く解らない声を上げつつ、征樹の手を受け入れたままされるがままだ。
「確かにこういうのは姉とか家族とかの特権なのかも知れない。」
「ふむ。確かにそう表現しようと思えば、そうとも言えるな。」
それもまた人間関係を構築する段階で発生する現象だ。
「あ~、う~、二人トモ、何言ってるカ、解りマセン。」
それでも、征樹の手を跳ね除けようとしないのは、ニアなりの気遣いなのかも知れない。
「ニアは可愛いね。」
こういう妹がいたら、自分の人生、少なくとも性格はこうはならなかっただろうと正直に思える。
可愛いと思い、そう言えたのも心からそう思っている証拠だ。
それに何より見ていて単純に飽きない。
「あぅあぅ。」
可愛いという単語を親と姉以外に言われた事のないニアは、既に自分の許容量を軽くオーバーし、ただただうろたえるだけしか出来ない。
そんな妹の様子が面白くて仕方なく眺めていたキルシェではあったが、これでは埒があかないので、口を開く事にした。
「可愛いだろう?征樹、妹でなくてもニアを可愛がりたいというのなら、恋人というテもあるゾ?」
「ェ・・・。」
キルシェの言葉に、ニアは思わず征樹の顔を直視し、すぐさま目を逸らして赤面する。
「そうか・・・そういう風に立場が変われば、人間関係自体も距離も変わるのか・・・。」
それなら征樹にも理解出来る。
実体験を伴ってだ。
「ニアの事は嫌いか?」
キルシェとしては、そこに他意はない。
好意の中身を聞いているわけではなく、広義の意味での好き嫌いで構わないと考えていたからだ。
「・・・嫌いじゃない。」
そういった意味でキルシェが言ったわけでないと察したという事ではないが、好きか嫌いかという二極で問われたら・・・。
第一、先程も可愛いと言ったばかりだ。
「わ、わ、私もお兄サン、好きでひゅっ、はぅ・・・。」
そんな流れを全く無視した発言を勢いよくニアが叫び、征樹とキルシェはきょとんとする。
「ぶっ、あぁ、まぁ、そうだな。」
思いっきり舌を噛んだニアの様子に笑いを堪える事が出来ないキルシェ。
出会った頃と比べて、自分と交流を重ねた事で征樹がどう変わったか。
それも自分の意思で・・・それを知りたかっただけだったキルシェは、この妹の発言に完全に腰砕けになった。
「我が妹は素晴らしく簡潔明瞭でいい。」
そう呟くとキルシェは、ぐぃっと征樹の腕を取り、自分の腕を絡ませる。
本当は首に腕を回したい気分だったが、流石に身長差的に無理だ。
「私もオマエが好きだぞ。なぁに、オマエは愛されるし、愛せる人間だ。」
姉の突然の行動。
それを見たキルシェは慌てて自分も征樹の腕を取る。
「いいじゃないか。自分の意思を言ったら相手次第で。その後の判断は相手に委ねてしまえ。」
にこりと涼しげに微笑むキルシェ。
「こういった事は、自分一人だけでは成立しないというのは、もう解っているだろう?」
「・・・うん。そうだね、ありがとう、キルシェ。」
「ふむ。で、ニアには言って、私にはないのか?」
何がだろうと首を傾げる征樹の脇腹をキルシェが肘で小突く。
「愛の言葉だよ、愛の。」
「あ、愛って・・・。」
「何もそう恥ずかしがる事はあるまい。全く日本人はこういう表現に対して内気でいかん。」
そこで日本人全体をひとまとめにしてしまうキルシェも大雑把過ぎである。
「・・・キルシェには敵わないな。でも、キルシェの事は・・・うん、嫌いじゃない。寧ろ、好き・・・かな。」
"かな"とつくのが征樹らしい。
どうもストレートな好意は反応に困ってしまう。
きっとこれは一生慣れるような事はないのだろうな、と征樹も結論づけていた。
「うむ。ま、そんなもんで許してやろう。」
非常に尊大極まりない。
だが、いつものキルシェ。
このいつものが大事なのだと征樹は思う。
「あ。」
「?」
「相手に委ねてしまえと言ったが・・・・・・鈴村だけはヤメておけよ?アレはオマエに関しては、ただのアホだ。」
「あ、アホって・・・。」
「でなければ、痴女だな。」
そっちの方がもっと酷い。
「と、友達なんじゃ・・・。」
「友達だろうとなかろうと、事実なのだから仕方ない。アレはオマエの事となるとただのポンコツだ。さて、そんなアホの話で時間を潰すわけにはいかん。残りのデートの時間を楽しむとしよう。」
何事もなかったかのように、キルシェは征樹の腕を引いて行くのであった。