第C&Ⅷ十Ⅲ話:千差万別の自分。
「姉妹だから、解る事もあれば、姉妹だからこそ解らない事もある。それは理解しているつもりだと思っていたのだがな。」
水族館内のステージ前のベンチで、キルシェは自嘲を多分に含んだ口調で呟く。
当事者の片割れである妹の方は、現在座っているベンチの前、水族館のステージショーに釘付けになっていた。
それはもう隣の席にいる小学生と同じレベルの目の輝きを以って。
ちなみにショーは、イルカ達の曲芸が終わり、次のアシカショーが始まるところだ。
「姉妹でも他人だ。姉妹だからこそ、そう思うのもある種の傲慢なのかも知れん。」
ショーに夢中になっているニアには彼女の言葉は聞こえてはいないようだ。
周りの歓声の大きさのせいで、征樹ですら聞き取るのがやっとだった。
が、キルシェの口から出る言葉、その一字一句を聞き逃さないようにしていた。
今まで、キルシェの言葉は征樹にとって必要で、大事な事がほとんどだったから。
たとえそれが、彼女自身の人生に関する事でも、先人のなんとやらで・・・。
「でも・・・ニアはキルシェを必要としていて、大切に思ってる。」
それは誰の目にも明らかだ。
鈍感な征樹の目から見ても。
「それに気づけるか、気づいてどうするかだな。応える応えないという選択肢は求められる側にある。今回は気づけなかったが。」
今回の水族館行きを熱望したのはニアだ。
逆に他人である征樹の方がそれを聞き、そして実行出来た。
そいういう状況にキルシェは嘆息する。
と、その横で突然ニアが立ち上がった。
「お姉サンに手配されマシタ。」
それを言うなら指名ではないだろうか?という突っ込みをする暇もなく、参加型のステージへと意気揚々と向かうニア。
他のステージ上にいる子供達と比べてえらく目立っている。
ステージに着くと、座っている征樹達にブンブンと手を振り始めた。
「ほら、キルシェ。ニアが手を振ってる。」
「・・・振り返せと?オマエがやればよかろう。」
「あれはお姉ちゃんに向かって振ってると思うよ。これもお姉ちゃんにしか出来ない事じゃないかな?」
この衆人環視の状況で手を振るという行為は、些か勇気というか勢いが必要である。
つまり・・・。
「征樹、オマエ、解って言っているな?」
「何を?」
そういった諸々の勇気だとか、気力だとかの必要性を理解したうえで征樹はキルシェにその役目を振ったという指摘を、征樹はそ知らぬ表情で受け流す。
「事実をただ言っただけだけども・・・・・・ちょっと楽しいかなとは思ってる。」
結局、自分を見つめるキルシェの視線に耐え切れず、素直に白状してしまう征樹。
人との会話での駆け引きはまだまだ経験と学習が必要といったところだろうか。
「全く・・・。」
文句の一つも言いたそうな顔しつつ、結局それ以上は何も言わずに渋々とステージのニアに向かって手を振る。
それを確認したニアは、一層勢い良く手を振り返し、進行役の女性飼育員と観客の苦笑を誘う。
「きちんとって言い方は変かも知れないけれど・・・キルシェはお姉ちゃんしていると思うよ。」
例え周りの観客に笑われたとしても、彼女はニアの想いに応える事が出来ている。
「全部が全部ではないがな。征樹、オマエも何も100%、相手の望む事、姿に応える必要はないのだ。私も、オマエも肩の力を抜きつつ、そしてけして緩め過ぎず自分をやればいい。」
"自分をやる。"
とても哲学的な気が征樹にはする。
しかし、そういうものかも知れないと思う。
「第一、相手が求めるモノなど、家族・恋人・上下関係、千差万別だ・その全てにすぐさま対応しろ、応えろというのは土台無理な話だとは思わんか?」
それはある種の傲慢にすら感じられる。
「成る程。」
どうしてそれは確かに理屈上はその通りだと、征樹は改めて頷いた。




