第C&Ⅶ十Ⅵ話:南方より歌鳥来る。
本屋のフロアの一角、まるで切り取られたかのように喫茶店はあった。
本屋の落ち着いた雰囲気はそのままに、ゆったりとした時間が流れる場所。
「なに?」
喫茶店に近づくにつれ、何故だか落ち着き無く周囲を見回す奏に、征樹は声を掛けられずにはいられなかった。
「え?あ、うん、なんでも。」
征樹に心配されたからか、急に赤面して硬直する奏。
それでも、どこかそわそわしていて、いつもの奏らしくない。
「あれ?」
と、征樹は喫茶店の席、そこで手を振っている少女が目に入る。
普段の征樹であれば、知り合いの少ない自分には全く関係ないとはなからあっさり切り捨てるところなのだが、今回は違った。
なにが征樹の目に止まったかというと・・・。
「あの子・・・似てる?」
よく解らないが、隣にいる奏と似ている。
そう思った征樹は、特に意味も無く手を振り返してみた。
流石にその少女のように大手を振ってという事は出来なかったが。
これで全く見当違いな行動だっら、余りの恥ずかしさに猛ダッシュでその場から走り去っただろう。
しかし、走るのは征樹の方ではなかった。
席に着いていた少女がガタンと机を鳴らして、猛然とこちらに走って来たのだ。
「歌南!」 「まーくんっ!」
奏がその光景を見て叫ぶのと、駆けて来た少女が叫ぶのはほぼ同時で、次には征樹にタックルせんばかりの勢いで飛び込んで来た。
思わず避けようとした征樹ではあったが、奏の叫び声を聞き、少女をがっしりと捕まえるように抱き止めた。
「いやぁ、あんまりにも懐かしくて、つい走っちゃったよ♪」
ぴょんぴょんと征樹の腕の中で飛び跳ねる少女のテンションの高さに呆気にとられつつも、なんとか征樹なりに現状を把握しようと思考を巡らす。
「えと、歌南?」
「わ、わわっ、アタシのコト、覚えててくれた?」
征樹の口から名前が出ただけでも、かなりのリアクションだった。
「いや、今、奏先輩が歌南って・・・。」
「なぁ~んだ。」
がっくしと肩を落とし、ご丁寧にメソメソと泣き真似をしてみせる様は、どちらかというより杏奈に近いと感じる。
「先輩の・・・妹の?」
だから、どことなく似ていると感じた自分に合点がいった。
「イエスっ!」
ぱっと泣き真似を止めて、征樹にVサイン。
「歌南・・・いきなり走ったりして!」
ようやく事態を把握した奏が珍しく声を荒げる。
「わっ、まーくん、お姉ちゃんが怒るよ~。」
(まーくんて、僕のコトで・・・いいんだよね?やっぱり。)
自分の呼び方にかなりの違和感を覚えつつ、子供頃のままの呼び方なのだろうという事で仕方ないと片付けようとする。
するのだが、納得するのはどうしてなかなか難しい。
「だぁって、お姉ちゃんより先にまーくんが気づいてくれたのが嬉しくって。」
「そ、それは・・・。」
「いや、だって似ていたし。」
「似てる?ウチら?そっかぁ、似てるかぁ。」
うんうんと納得する歌南。
「それに征樹くんも!」
「え?僕?」
何か奏の不興を買うような事をしただろうか?
征樹は一連の自分の行動を振り返る。
しかし、特に何の問題も・・・。
「呼び方。」
「あ。」
そういえば、さっき言われたばかりなのに、もう既に呼び方が元に戻ってしまっていたのに気づく。
しかし、こんなハプニングがあれば、致し方ないのではないだろうか。
かといって、そう不満を述べて更なる怒りを買うわけにもいかない。
なにしろ奏が怒るなどほぼない事なのだから。
「ごめんなさい。」
素直に謝るのが吉である。
「歌南は?」
「ごめんなさい。」
どうやら歌南も同じ考えに至ったらしい。
「じゃ、お茶しましょう。」
二人の謝罪の言葉を聞いた奏は、いつものおしとやかな奏だった。
「ぷっ。そうだね~。」
そんな奏の仕草、久し振りのお姉ちゃんに歌南が思わず吹き出して笑ってしまうのも無理はなかったのだが・・・。
(一体、どうなってるんだろ・・・。)
姉妹のそのノリについていけない征樹、一人。