第ⅩⅦ話:隣人は今朝も春の風のようだった。
結局、どたばたして朝食を摂る暇は征樹にはなかった。
朝食を摂らない征樹を静流は心配そうに見ていたが、征樹としては静流より先に家を出るという事の方が気がかりだった。
果たして帰宅後、彼女はまだ家にいるのだろうか?
どうするつもりなのだろう?
疑問が次々と。
「おはようございます。」
ふと考え込んでいた彼に声がかけられる。
「え、あ、おはようございます。在家さん。」
ちょっと格好悪いが、なんとか隣人の在家さんに挨拶をした。
「はい。」
くすりと微笑みながら、征樹の言葉に反応する。
ふんわりとした雰囲気。
「ゴミ捨てですか?」
「はい~、よっこいしょっ。て、おばさんみたいですねぇ、よっこいしょなんて。」
両手のゴミ袋を持ち上げると、彼女のウェーブのある栗色のセミロングの髪と胸が揺れる。
在家の身長はそんなに高くなく顔立ちも童顔なのだが、胸の破壊力は静流より上だ。
「あ、片方持ちますよ。それにおばさんなんかじゃないですから、在家さん。」
呆けていた自分の意識を取り戻し、彼女のゴミ袋を手に取る。
正直、この隣人の女性は外見だけでは判断出来ないくらい若い。
ぶっちゃけ大学生でも通じる。
「こう並んでいれば、余裕で姉弟に見えるくらいなんですから。」
並んでエレベーターに乗って肩を並べると、身長と童顔の分余計に。
「またまた葵さんは、お上手ですねぇ~。人妻を捕まえて・・・あら?」
在家の少し薄茶色のタレた瞳が、征樹の何かを見つめる。
「どうしたんですか?首のとこに痣が・・・。」
「え?」
在家の指が優しく征樹の首筋に触れる。
ちょっとくすぐったい感触。
「ここに痣が・・・ん~、絆創膏貼っておきますか?」
じゃ~んと効果音が鳴っている気分で、服から絆創膏を取り出す。
「常備してるんですか?」
「えぇ、色々と。」
「とりあえず、痣なんで絆創膏はいいです。」
丁重にお断りしたのはいいとして、はて?
その痣とやらは何だのだろう?と振り返る。
(寝ている時にブツけたのかな?)
寝ている時・・・。
寝ている時・・・自分が・・・静流さんと・・・。
-ぼんっ!-
そんな音でもしそうな勢いで赤面する。
脳ミソに浮かんでいるのは、今朝のあられもない静流の痴態の数々。
「どうかしました?」
「あひぃっ、いえ、何でも。ゴミ捨てましょ、捨てましょ。」
玄関からスタコラとゴミ捨て場に直行。
全く以って、困った青い性のほどばしりである。
(ん?)
ゴミを捨てて、中腰になった在家。
白いロングスカートに桜色のニット・・・破壊力のある胸・・・ではなくて、彼女の首元。
タートルネックなのでよく見えないが、そこに痣がのようなモノが見える。
征樹とは違う痣・・・だと思う。
流石に征樹は自分の痣は見えないが、在家の反応から絆創膏で隠れるくらいの程度だろう。
でも、在家のは違う。
薄いが、とても細長い痣。
「どうかしました?」
「いや、その、在家さんが綺麗なんで見惚れてました。」
(って、それは何だ自分ッ!!)
半分くらいは、確かに意識の片隅にあった想いだが、何かを誤魔化すにしては結構自爆気味。
「うふふっ、今日は沢山褒めてくれるのねぇ~。」
ちょっぴり頬を上気させる在家は、もはや可憐な少女のようだ。
だが、思ったより恥ずかしくない気持ちになれて良かったと思う。
「じゃ、いってきます。」
「はい、いってらっしゃい。」
学校へ向かう征樹は背を向けていたから気づかなかったが、在家の手を振って見送る姿はとても寂しそうで・・・。