第C&Ⅵ十Ⅶ話:帰宅。
「ただいま・・・。」
帰宅に際して考え事をしていた征樹は、どの道中をあまり記憶していない。
キルシェの言っていた事を反芻しながら帰宅したせいだ。
相変わらず思考に集中すると、他の事が入らなくなる。
「?"誰も"いないのかな?」
いつもならば、最低でも静流が『おかえりなさい。』と出迎えてくれるはず。
そう考えてから、征樹は自身の発言に驚く。
(誰かって・・・。)
静流。
でなければ、合鍵を持っている杏奈、或いはよく留守番を買って出る琴音や奏。
廊下を抜けて居間に出るまで、自分がいかにその光景を当たり前のように受け入れ始めているかという事に気づいた、気づかされた。
そして、やはり居間には誰の姿もなかった。
(・・・元からココに誰がいたわけじゃないものね・・・。)
静流は、父親が帰国するまでの代わり。
琴音も姉代わりなだけで、自分の生活がある。
奏だって受験だ、そのうちおいそれとは来られなくなるだろうし、高校生活が始まれば更にその機会は減るだろう。
合鍵を持っている杏奈だって、この先、征樹と同じ進路へ行くならば別だが、違う高校へ行き生活サイクルが変われば、やはりその限りではない。
(て・・・そりゃそうだよね・・・いつまでもずっとなんて・・・。)
そもそも、征樹は最初からそんな事を信じてはいない。
信じられるような生活をしていない。
「・・・夕飯、作ろう。」
何もしなくても、考えるだけで腹は空く。
荷物を居間のテーブルに置いて、久々に自分で夕食の支度をする事にした。
冷蔵庫の中身を隅々まで順々に食材チェックをして、消去法的に作れるものの選択肢を出そうとしたが、ここは1,2を争う程好きなカレーを作る事に決定。
誰に語りかけることなく無言で米を研ぎ、野菜を切り・・・。
「うぁ・・・。」
玉葱を切るとぼろぼろと大粒の涙が溢れる。
途中、何故だか斬っている野菜を、まな板ごと包丁と一緒に流しに放り投げたい衝動に駆られそうになりながら・・・。
それでもなんとかカレールーを入れる手前まで完成させる。
一段落ついたところで、鍋の火を止め、居間の椅子に座り込む。
結局、大鍋で大量に作られているカレー。
「なにやってんだろ・・・。」
テーブルに腕をつき額を乗せて突っ伏す。
そのままぐりぐりと腕に自分の額を擦りつけ、すぐにピタリと静止。
そして、溜め息を一つ。
(一体、どんな気持ちで静流さんは、帰りを待っているんだろう・・・。)
一人でいるという事は、誰かを待つという事自体がない。
だから、誰かの帰りを待つという者の気持ちは、征樹には理解しかねる。
果たして、寂しいのか、辛いのか、楽しみなのか、嬉しいのか。
征樹は一瞬、もう誰も来ないのではないか、それともあれは夢幻の様なモノだったのではないか、そんな錯覚に囚われそうになる。
誰もいない家、自分だけ、たった一人。
いつしか、征樹の瞼はゆっくりと閉じてゆき、やがてじょじょにその意識を手放して眠りの世界へ入っていく・・・。
人を待つ時間を有効に使うという術を思いつかぬままの征樹にとって、眠りとは良い助けになったのかも知れない。
だが、彼の閉じられてゆく瞼、その睫毛の先から、すぅっと一筋の涙の雫が流れていった事には、征樹は気づけなかっただろう。
もし、気づいていれば、征樹は誰かの帰りを待つ者の気持ち、その解答のうちの一つを得られる事が出来たやも・・・。
それが征樹にとって、良い事かは別としてだ。
そして・・・。
「ただいま。」
待ち人の所へ、彼女は帰りたり・・・。