第C&Ⅵ十Ⅲ話:掴ませる為に。
「あら、随分と珍しい・・・。」
店に帰って、何時も通りの営業を開始した瀬戸は、店の入口にいる人物を見て思わずそう呟く。
「あの、一見さんはダメでしょうか?」
そこには緊張に畏まった静流がいた。
ちなみに、もう制服姿ではなく、仕事着でもあるスーツ姿だ。
「一応、会員制なんだけれど、今は客の少ない時間帯だし、構いやしないよ。」
苦笑しながらも静流を招き入れる。
瀬戸にしてみれば、静流が酒を愉しみにこんな所に来たなどとは全く思ってなどいない。
「んで、何を呑むんだい?呑まなくても話せるコトかい?」
静流が椅子に座るや否や、彼女に問う。
彼女だってここにはそう長居したくはないだろうと察してだ。
「はい。今日は本当にありがとうございました、と・・・。」
椅子についたのも束の間、静流は起立して深々と瀬戸に頭を下げる。
「・・・アンタも、あのコと同じで律儀ねェ・・・。」
それでも征樹を面倒見るという意味では、信用に足る人物と言えなくもない。
何より、征樹を好いているようだし・・・。
「あぁ、まァ、いいのサ、そんなコトはどうでも。」
別に瀬戸としては、あの役目が静流でなくても良かった。
征樹が一定以上の信頼をしていて、保護者的な立ち位置の人間でさえあれば、琴音でも良かったし、あの場にいれば冬子でも良かった。
・・・鈴村は論外だったが。
「ウチ等はさ、あのコが大好きなんだよ。」
一言で表すと、ただそれだけ。
「あのコはウチ等をありのまま受け入れてくれる。そんなあのコをウチ等もありのまま受け入れている。その弱ささえもね。あまつさえ、自分達の人生で絶対に手に入れられないモノの一つのように想ってる。」
だから皆、征樹の前では素直に一喜一憂し、はしゃぐ。
先の旅行の時もそうだ。
手段・方法は"アレ"で、結果的には瀬戸が怒り狂う事にはなったが、あの件もここにいる者達の征樹に対する想いの表れ、その一つなのである。
お陰で、征樹のお土産(気遣い)が、あのはしゃぎっぷりを呼ぶ事になった。
「だからね、皆、本気であのコを心配して、本当に幸せになってもらいたい。ただそれだけなのサ。だから礼なんていらないよ。」
「・・・解りました。今後も努力します。」
静流は賢い人間だ。
瀬戸がここまで述べるという事の意図も理解する。
この言い分からすると、征樹を傷つけるような真似があれば、誰であろうと容赦はしないという事だ。
こんな話をわざわざするくらいなのだからと、静流は肝に命じる。
もっとも、自分が征樹を進んで傷つけるような事はあるはずなどがないのだが。
「堅苦しいねェ・・・。」
そういったところも含めて、静流は適任ではないかと思わないわけでもない。
「征樹くんの幸せがかかってますから。これからも何かあれば、ご指導をお願いします。」
「あーあー、解った解った。」
適当に静流用のソフトドリンクを頼んで、瀬戸はぴらぴらと手を振る。
「あぁ、なら、丁度良いご指導とやらがあるねェ。」
静流の言葉を軽く受け流そうと一度は思った瀬戸だったが、一つ、一つだけ静流に指導と言えなくもない事があるのに気がついた。
「ちょっと耳、貸しな。」
ちょいちょいと・・・。
「なんでしょう?」
特に耳打ちをする程、内密にする事ではなかったが、こういうのは雰囲気が大事だ。
特に"静流にしか出来ない"という意味も込める為に。