第C&Ⅴ十Ⅳ話:恋のスタートダッシュってなんだろね?
(完全に抜け殻だな。)
机に突っ伏したままの鈴村を横目で見ながら茶を啜るキルシェ。
よっぽど瀬戸自らの登場プラス、お小言は堪えたようだ。
瀬戸が言いたい事だけを言って、学園の案内用のパンフレットを手に去った後、鈴村はずっとこんなカンジなのだ。
「落ち込みたいのは解るが、完全に自業自得だぞ?」
あっさり言い放つキルシェに対して、何の反応もない。
(これは・・・重症か?)
例えるならば、親しくなり何度か一緒に出かけるくらいの仲にようやくなった。
そして次の一歩を踏み出せるかと期待したら、相手の親がばーんっ、そして痛烈な反対にどーんっ。
と、いったところだろうか?
恐らく鈴村もこれが瀬戸ではない誰かだったり、よしんば瀬戸だったとしてももっと柔らかい内容と口調だったりすれば、こんな風にはならなかったと思うのだが・・・。
あぁ、現実は無情。
「それに別段、会う事自体が咎められたわけではあるまい?」
失敗したとしても、あえて征樹自身に選ばせる、自主性に任せるというのだから、こちらが選ばれた分には問題ない。
見守る側としてもなかなか出来る事ではないだろう。
(ま、現状がこれでは選ばれるもなにもないのだがな。)
相変わらず復活する気配のない鈴村に少々苛立ちを覚えてきたところだ。
本当、こういう時は女々しいヤツ。
いや、女だから女々しいとは言わないのか?
う~む、奥深いな日本語と、心の中で一瞬だけ首を傾げる。
「そこで落ち込んでいたければ、そうすれば良い。こちらとてボランティアではないのだからな。」
温和な部類に(きっと)入るだろう自分も辟易する。
流石に金の切れ目が縁の切れ目とまでは言うつもりはないが。
「正直なところ、私がどう誘惑したところで、征樹は靡かんだろう。それはそれでいい。相手がいるものだしな。どうなったとしても、妹にとって良い兄貴分になってもらえれば問題ない。」
そもそも、キルシェとしての出だしはそこだ。
征樹は妹と同じで放っておけない弟のようなものだ。
しかも、すこぶる母性を刺激する。
(ああいう女々しい人間が好みなのだろうか?)
ふと、そんな考えも過ぎったが、征樹は別に女々しいという人間などではなく、ちょっとしたコミュニケーション障害に近い。
要は交流に関して、他者を受け入れたり、自分を主張するのが恐いだけなのだ。
それを解消するには、色々な人間と交流を持つのが一番いい。
最初は征樹に近しい人間から・・・。
(なんだ、コイツも役に立つ分類ではないか。)
征樹の母の友人(妹分)なら、充分近しいと言える。
「仕方があるまい・・・。オイ、突っ伏している暇などあるのか?」
そうと決まったら、キルシェの行動は迅速だ。
「こうしている間にも征樹の周りの女共との差が開いていくぞ?位置関係ではオマエの有利な所におるが、スタートは向こうの方が早いのだぞ?」
いい加減、面倒に思えてきたキルシェは、さっさと立ち直らせる事にする。
その方法はかなりの荒療治だが。
効率面を考え、征樹の事を考えたらその方が良い。
少なくとも多少の起爆剤くらいにはなるだろう。
寧ろ、それくらいの役に立てとも。
ミもフタもなさ過ぎて、いっそ清々しいくらいの思い切りの良さだ。
「あぁ、そういえば・・・。」
ふと、たった今思いついたかのような白々しさで・・・。
「学園の資料は瀬戸殿に渡したが、奨学金制度の詳細資料の存在を失念していたな。征樹にはこれも必要だろう。・・・ふむ。私が行ってくるか・・・。」
視線を鈴村に向け、反応を待つ事たっぷり10秒以上。
「私が!・・・・・・私が行ってくる。」
バンッと勢い良く机を叩いて立ち上がった鈴村を見て、キルシェが勝利の笑みを浮かべたのは言うまでもない。
「そうか?いや、悪いな。では代わりに行ってきてくれ。」
最後までそのセリフは白々しく・・・。