第C&Ⅴ十Ⅱ話:染まる白と染まらない白。
「あのコはね、真っ白なのヨ。」
瀬戸は特に何かしらの想いを持って述べているわけではない。
ただ淡々と語るのみ。
「幼い時に母親を亡くして、父親があんなだったもんだから、無くなっちゃったのねェ。」
語るのは瀬戸と征樹の数年間。
鈴村もキルシェも知らぬ時間の中の征樹。
それをただ見てきたままに。
「それでも最初は母親からの愛情が感触として残っていたんだろうけど・・・ジジババに引き取られたのがトドメ。」
呆れたように溜め息を一つ。
「悟っちゃったのよねェ、ある意味。"自分が誰に必要とされているわけではない"って。」
「そんな事は!って、キルシェ?!」
「黙って聞いておれ。」
瀬戸の言葉を遮ろうとした鈴村は、キルシェに脇を小突かれて嗜める。
嗜めた方の彼女の表情も真剣だ。
キルシェとて、征樹という人となりと生い立ちというものに興味がある。
「勿論、"孫"や"愛する妻の息子"という役割としては必要とされている。でも、母のように生きている、存在しているだけで喜んでくれる征樹という人間を必要としてくれる人間はいない。」
(存在意義の崩壊か・・・それだけ征樹は感受性が強かった。そして余りにタイミングが悪い過ぎたというワケか・・・。)
子供の為と言いながらも、実際は自分の都合の為に親(大人)が振り回すパターンが多い。
征樹の場合は、それが最悪のタイミングと方向で現れてしまった。
そういう事なのだろうとキルシェは思考の整理をつけていく。
「まぁ、本当の所は、父親が愛する妻のいなくなった突然さと悲しみで、息子をどう扱ったらいいか解らなかったっていうお粗末な事態のせいなんだけれど・・・ねェ?金だけやってりゃ、子供は育つと本気で思ってんのかしらね、あのアホは。」
「疎まれておるわけではないのだな?征樹は・・・。」
「勿論。」
「・・・良かった。」
瀬戸の言葉にほっと胸を撫で下ろす。
自分を創った親に否定されては、少々悲し過ぎる。
「今は思春期だから難しいと思うけれど、それが終わったら・・・。」
「男の思春期と男親との関係とはまた我々とは違うからの。」
うんうんと頷く二人にはっと我を取り戻す鈴村。
「キルシェ、騙されるな。コイツは・・・。」
「心が女なら、思春期時代も女であろう?寧ろ、身体と心が相反している思春期時代など、想像がつかない程に苦労したハズだ。」
どうやらキルシェも征樹側(?)の人間らしい。
比較的閉鎖的で排他的な日本人ではないという事もあるだろうが、キルシェも征樹と同じで見たままをあるがままに受け入れるタイプのようだ。
本質を見抜く目をキルシェは持っている。
「何にも染まっていない白って純粋でいいようにも思えるけど、でもそれは本当は物凄く染まり易いってコトよねェ。けれど、征樹ちゃんはその外側にブ厚い枠で囲っちゃってるのよ。それが最近ようやっと緩んできたの。」
「だから何だと言いたいんだ?」
相変わらずのトゲトゲしい態度のままの鈴村にキルシェは苦笑するしかない。
鈴村の方が、未だ思春期なのではないだろうかとも。
こっちの頑なさも筋金入りだ。
「悪い事だとは思わないんだけどォ~。」
「ふむ。」
征樹の過去の事を話した事といい、瀬戸自ら自分を嫌っている鈴村の所に来た事といい、察しの良いキルシェは瀬戸の言わんとする事に薄々気づきかけていた。
きっと瀬戸はこれから、一理ある事を鈴村に言うのだろう。
それは間接的に述べるより、直接顔を見て言うべき事。
「邪魔しないでくれる?」




