第C&Ⅴ十Ⅰ話:真打ち現る?!
(ん? ヤケに騒がしいな。)
自分の仕事場である部屋の扉のノブを握った時、鈴村は向こう側から漏れ出る声に眉をしかめた。
人の仕事場で、ここまで好き放題するような無神経な人間の心当たりは一人しかいない。
(またキルシェか・・・。)
この扉を開けた後の惨状を想像して、溜め息をつく。
怒鳴り散らしてやろうとも思ったが、以前自分も同じ事をやらかした手前、そこまで強くは出られない。
キルシェの性格を考えれば、仕返しという側面があるようなないような・・・。
とはいえ、このままぼさっと立ち尽くすわけにもいかない。
思い切って鈴村は扉を開け放った。
「お、戻って来たな。」
「キルシェ・・・。」
「何だ、その表情は?オマエの客の相手をしてやった人間に対するものではないぞ。」
「客?」
確かに一人で騒ぐというのは、難易度が高い。
むしろ、キ○ガイ。(注:自主規制)
「全く、相も変わらず堅物だねぇ、アンタ。」
「お・・・。」
聞いた事のある声。
キルシェの傍にいた傍に居た人物を見て、鈴村は絶句する・・・和服姿の美女。
「・・・・・・キルシェ、塩を持って来い。」
沈黙の後、長い間思考した挙げ句、出てきた第一声はソレだった。
「ナメクジかい、私は。」
「黙れ妖怪。」
(相当嫌っておるな、リンリン。)
二人の間に流れる空気を見て取るのと同時に、距離感までも察知するキルシェ。
しかし、少なくともこの相手、瀬戸と名乗った人間は、鈴村が嫌うような人格的な問題がありそうには感じられないというのが感想だった。
「こんな了見の狭い人間に、あのコを任せられないって気になってくるわ。」
「うぐっ。」
今、一番の弱点を突かれ、先程の勢いとは裏腹に怯む鈴村を、苦笑しながら見つめる瀬戸・・・と、キルシェ。
鈴村は基本的に征樹に関する事以外は、完璧主義のキャリアウーマンで、当然優秀な部類に入るだろう。
だが、逆に征樹の事となるとコレだ。
キルシェ的には、そのギャップが何より楽しいのだが。
「まぁ、確かに甘いな、征樹には。見ていて滑稽な程。」
キルシェも素直で誠実な征樹の性格は好ましいと思うし、何かと協力や的確なアドバイスをしてやりたいと思っている。
そういう意味では、鈴村と近いスタンスではある。
だが、完全に同一ではない。
それと甘やかす事はまた別なのである。
「キルシェ・・・。」
「キルシェさんが悪いわけじゃないわよねェ?と、まぁ、わざわざここまで来たのは、アンタを虐める為に来たわけじゃないの。」
それでも言いたい事は、きっぱりと言うのが瀬戸なのだが。
「じゃなきゃ、ここまで来ないのは・・・解ってるわよね?」
「だったら、さっさと用件を。」
あくまで頑なな態度の鈴村。
「征樹ちゃんのお使いで、ねぇ?」
「征樹"様"の?」
"様"と鈴村がつけたのを聞いて、瀬戸は顔を顰める。
恐らく、最初に"様"をつけて呼ばれただろう征樹も、こんな表情をしていたのではないだろうかと想像しながら。
「過保護、過保護だと聞いてはいたけれど・・・ナニソレ?普段もこんななの?」
鈴村を指差し、呆れた様にキルシェに確認を取る。
一瞬、正直に答えようかどうか迷うキルシェではあったが、それで特に自分に利益も不利益もない事に気づく。
「こんなじゃな、残念ながら。」
「残念ね。」
「人を残念な子呼ばわりするな!」
猛然と反論しようとするが、嘘ではないのでそれ以上の事を鈴村は言えなかった。
当然の事ながら、それを理解したうえで瀬戸もキルシェも発言をしているのだが。
「何年か経って、マトモな大人になったかと思えば、今度はまた違った方向デダメになったわねェ、アンタも。」
「アンタの変わり方よりはマシだ。」
性別が真逆に変わる事程以上の劇的な変化は確かにないだろう。
「変わったんじゃないの。戻ったのよ、これは。本当の自分ってヤツにね。」
「うむ。人は変われるから人なんだしな。」