第C&Ⅴx十話:誰も見てないからというのは理由になるのか?
(それにしても、手伝うって・・・なんだったのかしら?)
杏奈を玄関先まで見送った静流は、部屋にいる途中でふと考える。
確かに杏奈の宿題を手伝いはしたが、征樹は自分の宿題も手伝って欲しいと言ったはずなのに・・・。
征樹は一心不乱に何かを描いているだけだった。
「征樹くん、杏奈ちゃんかえっ・・・。」
部屋の扉を開くと、征樹がテーブルに突っ伏していた。
「征樹くん・・・?」
全く動く気配のない征樹にそろりと近づいて顔をなんとか覗き込む。
耳を傾けると、すやすやとした寝息・・・。
「疲れてたのね・・・。」
そういえば、最近はよく眠れているようだ。
規則正しい呼吸音と同調して動く肩。
男の子にしては少々長めの睫毛と淡いピンクの唇。
ゴクリ。
何故か、はっと息を呑んで胸を撫で下ろす静流。
今、彼女の中で何かがこみ上げて、一瞬だけヒヤリとする。
(さっき、杏奈ちゃんが言ったばかりじゃない!)
抜け駆け。
このフレーズは先程あれだけ効果覿面だったというのに・・・。
しかし、あどけない可愛い寝顔があるのも事実。
魔力でもあるんじゃないだろうかと思える寝顔、この光景を自分が独り占めしているだけでも傍から見れば羨ましいのだし。
(あぁっ、でも・・・。)
動こうとする身体を押しとどめようとする心との鬩ぎ合いが、静流の手をぷるぷると震わせる。
震える手は征樹の髪に近づき、ふわりと彼の頭を撫でた。
(可愛い。)
可愛い。
可愛い。
可愛い!
そんな言葉が頭ン中で増殖し、思考の何もかもを塗り潰し、支配しようと・・・。
「んっ・・・。」
(ッ?!)
突然、征樹が声を発したので、はっと静流は我に返る。
まるで強い光を正面からあてられた猫のように一切の行動が止まって固まる、フリーズ。
「・・・・・・。」
恐る恐る確認すると、どうやら起きたというわけではないらしい。
外部からの刺激に反射的に反応しただけのようだ。
「あら?」
声を上げてほんの少しだけ動いた征樹の顔の下から、スケッチブックがずり落ちてくる。
さっきまで征樹が集中していたヤツだ。
(えっ、これって・・・。)
スケッチブックの全部が見えたわけではないが、そこに人物画のスケッチが描かれていた。
流れた髪を耳の後ろへ掻きあげる女性の横顔。
(私・・・よね?コレ。)
料理といい、工作といい、征樹の手先が器用なのは充分知ってはいたが、このラフスケッチも少々デフォルメ気味だが雰囲気が良く出ている。
静流はようやく征樹の手伝いを既にしていたのだと理解した。
征樹の(恐らく)夏休みの宿題の絵のモデルというわけだ。
何故、自分をモデルに選んだのか、そして課題だとしたらどういうテーマなのか聞いてみたいところではあるが。
・・・いや、やはり恐くて聞けないとぶんぶん首を振って、疑問を思考の外へと追いやる。
とりあえずは、何かかけるものを。
いくら夏でも、布団一枚もないのでは風邪を引いてしまうかもしれない・・・しかし・・・。
(でも・・・その前に・・・。)
じぃっと征樹の横顔を見つめる。
(やっぱり、むりっ!)
目の前に意識のない征樹がいるのが悪い!と、わけのわからない事を考えながら、征樹の頬にくちづけする。
(おやすみのキスくらい・・・唇じゃないし・・・。)
唇だと起きる可能性のあるこの場合、ある意味で確信犯的だと言えなくもないのだが・・・。
(・・・・・・もう一回っ。)
以前もこんなようなパターンがあったのを思い出しつつも、抗えない静流は、征樹の柔らかい頬の感触を堪能してしまうのだった。