第C&Ⅳ十Ⅸ話:距離は縮めるモノじゃなく、飛び越えるモノという話。
「我ながら、自業自得だけれど、つっかれた~。」
夕食を終え、宿題を始めてから数時間後、ある程度メドが立ったところで、杏奈は宿題を切り上げた。
「本当に送って行かなくて大丈夫?」
帰りの支度をして、玄関に立つ杏奈を心配して静流は確認の声を上げる。
征樹も杏奈を送る事を提案したし、場合によっては泊まっていく事を勧めたが、杏奈はそのどちらも断った。
「う~ん、征樹の邪魔したくないし・・・。」
宿題をしている間、静流と幾度かチラ見したのだが、彼のスケッチブックへの集中力はかなりの強さだった。
そんな征樹に送らせるわけにはいない。
「征樹くんじゃなくても、私が・・・。」
「静流さんだって女性だもん、同じだよ。」
結局、送った後ニ女性が夜道に一人という事に変わりはない。
「それこそ、泊まっていってもいいのよ?」
宿題の残りと、夜道の安全性を考えたら、それが一番良い判断で効率的だと判断する。
「なんか・・・それだと"抜け駆け"みたいで・・・。」
「杏奈ちゃん・・・。」
それを言われてしまっては、一緒に暮らしている自分は完全にアウト判定で、ルール違反である。
いたたまれなくなってしまう。
「それに着替えの服も下着もないしね。・・・ねぇ?静流さん?」
あははと脳天気に笑っていたはずの杏奈が急にトーンダウン。
項垂れていると言ってもいい。
「征樹、さ。自分の将来ってどう考えてるんだろ?ほら、進学先とか。」
口に出して言ってみて、更に杏奈のテンションが下がる。
「昔と違って、もう征樹は一人じゃなくなって・・・明るく元気になって・・・征樹にとってイイコトなんだって・・・それは解るけど・・・。」
ぎゅっと宿題一式が入ったトートバッグを握り締める。
それは行き場のない憤りのようなものだ。
「なんだろう・・・昔より征樹の傍にいるはずのなのに・・・征樹の考えている事がわかんないよ。」
それは、寂しさという感情なのだろう。
しかし、元を質せばその寂しさ自体、征樹の傍にいなければ感じる事はなかったのだ。
他者との距離感。
その取り方を量りかねているのは、征樹だけでなく杏奈もそうだったようだ。
「確かにそれは恐い事なのかも知れないわ。」
そして、その引き鉄になったのは、他でもない静流のせいかも知れない。
「じゃあ、その事は私も折を見てそれとなく征樹くんに聞いてみるわ。でも、きっと征樹くんも決めかねているのだと思うの。まだ先の話でピンと来てないのかもね。」
今にも泣きそうな表情をしている杏奈に静流が言えるのはこれくらいだ。
「学費がなるべく安い所が第一条件ってのは決まっているみたいだけど。」
くすっと杏奈に向かって笑いかける。
「征樹って貧乏性だもんね。というより主夫?」
「言えてるわ。」
今度は杏奈も笑って、互いが互いを見つめ合う。
そして、一瞬の無言。
「それじゃまた。今日はありがとうございました。帰還しまぁす。」
ピシっと敬礼。
そして何故か海軍式。
なんだか微妙にマニアックである。
「はい、気をつけてね。」
「はーい。じゃ、おやすみなさーい。」
なんとか、別れ際は笑顔で済ます事が出来た事に静流はほっとする。
しかし、それとなく聞くと杏奈に言ったものの、さて、どうやって切り出そうか・・・。
思案に暮れる。
征樹の性格からして、特に隠す事や誰かを傷つける事以外は、聞けば簡単に答えてくれそうなものだが・・・。
次回で、この章ラストです。
それにしても、人気ないないと嘆いた割には、順調に書き続けてるなぁ・・・。