第C&Ⅳ十Ⅷ話:夏の残骸。
「うぅ・・・。」
「そこ、違ってる。」
「あうぅ~。」
机に広げられたワークブックに向かって唸っている・・・半ベソをかいているのは、説明する必要もなく杏奈だ。
征樹が解らない箇所を教えてくれて、一緒に付き合ってくれている事に、一時は地獄に仏を見た気持ちの杏奈ではあったのだが、彼女は失念していた。
征樹は"スパルタ方式"だったのを。
この状況は、既にテスト対策の時に一度味わったのに、私のバカ!と、自分で自分の学習能力の低さをを呪う。
「世話が焼ける。そこも違うよ。どうして途中式を省略するのさ?だから間違っているのにも気づかないんだよ。」
征樹の指摘は常に的確なのだが、杏奈にしてみれば、数学の計算にアルファベットが登場人物としているという事自体がナンセンスで理解し難い、度し難い。
「は~い・・・。」
かと言って、それで宿題をやらないというわけにもいかないので、仕方なく消しゴムで字を消し、再度計算をする。
「そうそう。よし、こっちも出来た。ほら。」
杏奈に征樹は自分の手の平に乗ったソレを見せる。
白い五角形の板、板には黄色いに三角の帆が立っている。
ヨットだ。
「これを杏奈にあげるから、あとは模型屋かDIY店にでも行って、水中モーターを自分で付けて。」
夏休みの自由工作だ。
征樹はソーラーカーにしたが、同じクラスの杏奈が全く同じ物を作ったら問題がある。
そこで、一つ小細工。
余った材料や家の中にある物で、杏奈でも作れそうなヨットを作ったのである。
流石に水中モーターは家には無かったが。
水中モーターが常にある家というのは、寧ろどんな家だろうとも思う。
「あ、ありがとう。」
征樹が自分の為に作ってくれたという気持ちも嬉しかったが、何よりも征樹にプレゼントを貰った。
しかも、お手製の物。
それが杏奈には嬉しい。
「どうしたしまして。?どうした?」
「ううん・・・これも夏休みの思い出の一つなんだなぁって思ったら、嬉しくて。」
形あるもの。
このヨットは何時か壊れて形を失ってしまうかも知れないが、思い出は残る。
本人が忘れさえしなければ。
「夏休みの終わり間際に、宿題でひぃひぃ言っていたっていう思い出は、僕だったらイヤだぞ?」
思い出す度に疲れそうだ。
「もうっ、そうじゃなくて・・・あ~、もういい。」
「杏奈、手が止まってる。」
「はいはい、やりますやります、頑張ります~っだ。」
やはり未だに女心の機微の"き"の字すら理解出来ない征樹らしい。
「あの・・・征樹くん?」
次々と夏休みの主題を片付けていく征樹と杏奈の姿に、一人蚊帳の外の静流。
そう、いたのである、彼女。
一体、自分が何の為に呼ばれたのか解らないままで。
宿題を手伝う(協力するという意味で)という名目だったはず。
しかし、一向に何も頼まれない状況にしびれを切らしてしまった。
征樹と杏奈の、"同年代の思い出"というものに、ちょっぴり大人げなく水を差したとも見えるが・・・。
「静流さんは、このまま僕の代わりに杏奈に教えてやってください。」
「え~、征樹が最後まで教えてくれるじゃないの~?」
静流がいる以上、そんなワケがないのは杏奈も承知しているのだが、そこは一応主張するだけはしておく事にした。
無駄なのも解りきっているけれども。
「工作手伝ったろ?それに僕だって、自分の宿題を少しはやりたい。」
杏奈だけに構って、彼女の宿題だけが捗り、自分の宿題が一切進まないのは征樹だって納得がいかない。
「という事で、静流さん、お願いします。」
「解ったわ。」
征樹の頼みを当然断らず、了承する静流の横でごそごそと出してきたスケッチブックを征樹は開く。
「僕は僕で頑張るから、杏奈もしっかりね。」
なんで、日本の長期休みの宿題って、あんなに量が多いんでしょうかね?
私にはよく解りません。