第C&Ⅳ十Ⅶ話:背水の陣って、要するに開き直り?
バイトの疲れと、空腹でイライラしていた事は征樹も認める。
夕食を食べ始めて、少しそれも治まってきた。
もっとも、そのイライラの原因は外部的要因、つまり杏奈のせいである。
「大体、なんで今頃・・・というか、何の宿題をやってないの?」
食事をしながら会話というのも行儀が悪いが、空腹さには勝てなかった。
ちなみに今日の夕飯は静流の手料理である。
彼女の手料理は、無駄に張り切り上等な、しかし征樹にとって格式ばった感のする料理だった。
だが、最近は琴音の影響か家庭的なレパートリーが増え、征樹も気に入っている。
「えぇと、ワークとドリルと自由研究と・・・。」
次々と終わらせていないものを口にして挙げていき、それに連動して杏奈の指も折り曲がってゆく。
「・・・杏奈。」
「なに?」
「それ、ほぼ全部。」
「あれ?」
「あれじゃない。」
夏休み(長期休み)の宿題の処理方法は人によってまちまちだが、大抵4タイプに分けられると言えるだろう。
先行逃げ切り、7月中に全工程を終了(日記等除く)させる、奏や学生の頃の静流がそうだった。
淡々と平均的にこなしていく持久マラソン型タイプ、これは琴音や征樹。
そして尻に火がつくギリギリまでやらないカチカチ山タイプ、杏奈はここに分類される。
「一体、夏休み中に何をしていたんだか・・・。」
ちなみに最後のタイプは、進路(成績)に大きく関するモノ以外は、ブッチするガン無視タイプ。
こんな人間はほとんどいないと思うが、実は瀬戸と鈴村がこれに分類される。
良いコの皆さんは決して真似をしないように切に願う。
「いや、その、あはは・・・。」
ぐぅの音も出ないとはこの事で、杏奈は渇いた笑いを征樹に返す事しか出来なかった。
「お願いっ!このとーりっ!」
それでも藁に縋るつもりで、その手を眼前で合わせ頼み込む。
これでダメだったら、ザ・土下座しか杏奈には残された手段はない。
「ダメ。」
いよいよ土下座の出番だろうか・・・。
「宿題は自分でやらなくちゃ。」
正論である。
そう正論。
しかし、時に正論は人を大きく傷つけ、絶望という名の壁を突きつける。
杏奈の目にも、それは見えた。
「そこをなんとかっ。」
「ダメ。だから、一緒にやろう?付き合ってあげるから。解らない所は教えるし。」
征樹としてもこれが最大限の譲歩だ。
それも大サービスに近い。
「うぅ・・・ホント?」
土下座一歩手前の杏奈の瞳が潤む。
器用なヤツだなぁと思いつつ、征樹はぽんぽんと杏奈の頭を優しく叩いた。
「僕も、これから宿題をやろうと思ってたし。」
その隣に杏奈がいて、勉強をする分には邪魔にならない。
ならないと思いたい。
「やった。征樹がいれば、何でも出来る!」
なにより励みになる。
なんでも出来るというのは、あながち嘘ではない。
征樹がいれば、恋だって出来るのだから。
「現金なヤツ。あ、全部聞くっていうのはナシだからね。」
杏奈ならやりかねないとばかりに、あらかじめ指摘しておく。
「はぁ~い。」
「そういうことで、静流さん。静流さんも手伝ってもらえますか?」
「私?」
静流は今までの会話の流れの中で、自分が関わるような節が全く見受けられなかった。
なにより、夏休みの宿題を手伝うなんて・・・。
「征樹くんにも教えられない所でもあるの?」
「え?あ、じゃなくて僕の宿題の方で・・・。」
征樹の宿題?
前に二学期の征樹の成績を静流を見せてもらった事がある。
征樹の学力で、夏休みの宿題が出来なくて困るようなものはそうそうないように思えた。
とすると、何か特殊な事だろうかと推測する。
しかし折角、征樹が自分を頼っているのだ。
「えぇ、構わないわよ。」
甘いなぁと思いながらも、そう答える以外の選択肢などあろうはずがなかった。