第C&Ⅳ十Ⅵ話:家庭内るーる。
「で、なんで今日もいるの?」
瀬戸の所から帰宅した征樹はその光景を見て、自らの疑問を口にする。
口にする事ですら疲労するというのに、声を上げざるを得ない。
面倒くささだけが身体を包み込む。
「てへっ、来ちゃった♪」
言い方、いや仕草も可愛いのだが、目の前にいるのは杏奈だ。
恋人でもなんでもない女性にそんな過剰に愛情を振り撒かれても喜ぶ男はいない。
中には喜ぶ男性もいるかも知れないが、征樹はその範疇には含まれない。
何故なら、征樹にとって杏奈は杏奈、100歩譲っても幼馴染だ。
「・・・そろそろ合鍵を返してもらうのを考えてもいい気になってきた。」
遠慮も、慮る心も無い冷たい視線、流石にこれは杏奈もたじろいだ。
「う゛・・・え、嘘、それはヤだ。」
杏奈の魅力は天真爛漫さと同居する正直な部分である。
彼女は征樹に相対した時のみ、自信も何もかもなくなり素直になりやすい。
「まぁ・・・それは冗談として。」 「冗談なの?!」
どう見ても冗談を言っているようには見えないし、キャラではない。
第一、普段の時と冗談を言った今と、なんの差異も見受けられない。
見抜くという以前にどちらも同じだから、杏奈の恐怖は増すというものだ。
「それで、何の用?」
「征樹のお出迎え♪おかえりなさい、ア・ナ・タ・♪お風呂にする?お食事に・・・。」
「あ~、疲れた。静流さん、ただいま。」
杏奈が言葉を最後まで言い切る前に、彼女の前を通り過ぎ、完全無視で居間の扉を開け居間にいるだろう静流に向かって声をかける。
「おかえりなさい、征樹くん。」
征樹の思った通り、居間にあるソファーに座り静流が彼を出迎えた。
「うわ~んっ、征樹がただいまのちゅぅしてくれないぃ~。」 「しないよ、元々。」
出迎える人間に一々そんな事をしていたら、昔ならばいざ知らず、一体何回キスするハメになる事やら。
その辺りの事を杏奈は考えて言っているのだろうか?
いや、考えているわけがないと、相変わらずのジャッジを下す征樹。
なにより・・・。
「恥ずかし過ぎる。」
これが一番の本音だ。
「大体、なんで杏奈と・・・。」
「だったら、私にならしてくれるのかしら?」
「は?」
自分の耳を疑った。
「出迎えた人間に権利があるのなら、私も該当するでしょう?」
確かにその通りかも知れないが、それは杏奈の勝手な理屈上での話しだ。
しかし、静流までが杏奈派(?)になるとは、征樹にとってはかなり意外だった。
彼女はそんな人間ではないというか、らしくない。
征樹はそう考える。
静流という人物の人間性の何を自分が知っているのかは、未だによく解らない。
最近、それを知ってみたいという反面、知りたくないという自分がいるのに気づいてはいる。
しかし、歩み寄るのは、飛び込むのはかなり勇気がいるのだ。
だが、それとあくまで征樹の自分本位の考え方だ。
自分で一歩を踏み出せないならば、互いに半歩だけ歩み寄ればいい。
その方法でとりあえずは帳尻は合うのだ。
少しずつそれを学びつつある征樹。
ただ、今回の静流の歩み寄り方、そのスタンスというべきものが、征樹の考える静流像とかけ離れていたというだけ。
静流は何気なく杏奈と征樹の会話の流れに乗っただけ。
ただそれだけの事だ。
それだけの事でも、征樹には充分驚きをもたらした。
「しません。それ以前に、元々最初からそんな制度導入してませんから。」
制度と言ってみて、ニアを思い出す。
征樹と出会った時にハグしてきたニア。
ニアの生まれた国、諸外国ではそういう事もあるかも知れない。
しかし、ここは日本、アイ、アム、ジャパニーズ、その申請は却下される。
「本当に杏奈は何の用なのさ?」
そういえば本題が解決していない。
「うん、宿題写さして♪」 「帰レ。」