第C&Ⅳ十Ⅴ話:過ぎ去ろうとする夏に。
(皆と墓参り行けたのは、良かったな・・・。)
ぼんやりと天井を仰ぎながら、征樹は今日の出来事を振り返る。
皿を洗いながら。
久々のバイトである。
静流が来てから、生活は楽になっているものの、これは瀬戸に対する日頃の感謝の意でもある為、続ける事に決めている。
もっとも夏休みの期間中は『良く食べ、良く学び、良く勉強するコト。』という瀬戸の教育方針(?)で、週1,2程度しか来ていなかったが。
「ふぅ。」
皿洗いも一段落すると、今度は大型の業務用製氷機に水を補充する。
夏場は特に氷が出るのが早い為し、回数も多い。
何より氷と水を使って、客の体調を見、アルコールの摂取量を調節するのがテクニックだそうで、非常に重要なのである。
「相変わらず、淡々と、まぁ良く働くわねぇ。」
その様子を瀬戸は傍から見ていたらしい。
今日は薄紫の着物だ。
「まぁ、今日は母さんの墓参りに行っただけで、他に疲れるような事は何もしてないから・・・。」
「清音の?墓参り?」
それは今までの征樹にはなかった行動だ。
「うん、皆で・・・ようやく母さんに会いに行けるようになったんだ・・・。」
別に避けているつもりは征樹にはなかった。
しかし、墓参りにずっと行っていなかったのも事実で、幼い頃ならまだしも、今は・・・そう考えると、やはり心の何処かで避けようとしていたのだと、征樹は冷静に分析していた。
自分自身の事ですら、冷静に分析出来てしまうのだから、困ったものである。
「そう・・・ちゃんとお話は出来た?」
征樹の成長を微笑ましく思った瀬戸の表情はとても穏やかだ。
「・・・かな。よく解らないや。でも、行けて良かった。進路の話も聞けたし。」
収穫が多かったのも確かだ。
「進路?」
まだ来年の話だが、成るほど、今から考えておくのも悪くないだろう。
「周りの人の進路。僕は国公立か・・・私立でも学費の補助がある所しか行けないだろうし。」
(・・・何処まで息子に気を遣わせるつもりかしら、アレは。)
何処に行けそうか云々よりも、まず学費を気にする征樹の様子を見て、どこまで健気なのだろうかと、瀬戸は目を細めるしかなかった。
「あ。」
「?」
自分の言葉で、何かに気づいたように声を上げる征樹。
「竜木さんのトコの学校って、学費どれくらいなんだろう?施設も凄かったし。」
豪華で見栄えの良い校舎、施設。
クラス、生徒数も少ないうえに私立。
なにやら途轍もなく学費が高そうである。
「竜木さんの所?」
「あ、ちょっと気になってて。竜木さんの"秘書の鈴村さん"も勧めてくれてて・・・。」
「秘書の鈴村・・・ねぇ。」
(あ・・・確か鈴村さんて・・・。)
征樹は鈴村が瀬戸に対して苦手意識があるのを思い出す。
もしかしたら、失言だったかも知れないと・・・。
(鈴村さん、ゴメン。)
心の中で合掌。
一拍、二拍。
「今度、竜木さんが来たら、瀬戸さん、代わりに聞いておいてくれません?」
「えぇ、いいわよ。"聞きに行って"アゲル。」
少々、言葉のニュアンスに行き違いが発生している感が否めない。
しかし、訂正したところで、変化が起きないのは明白だ。
よって・・・。
「・・・お願いします。」
「はい、お願いされたわ。それじゃ、今日はもう家に帰りなさいな、夏休みの宿題もあるでしょう?」
「宿題?宿題なら、もうほとんど終わってるけど?」
「あと何が残っているの?」
「えぇ~っと・・・。」
ワーク類は七月中に終了し、作文は今日の墓参りの事を書いて終えたばかり。
自由研究はお盆前に市販のソーラーカーを組み立てた・・・。
となると、残るは・・・。
「えぇと、美術の絵を描くだけか。」
ともあれ、夏休みの残り日数でなんとかなる物だ。
「そう、じゃあ、家に帰って題材でも考えてなさいな。」
「・・・じゃあ、そうします。お疲れ様でした。」
「お疲れ様。」