第C&Ⅲ十Ⅸ話:恋のバトルはくちづけで。
「すみません。誘おうと電話したんだけれど・・・。」
「構いませんよ。私も忙しかったですし、何よりこすいて今日、ちゃんと征樹様にお会い出来ましたから。」
今日は本当に良い日だと鈴村は考える。
大好きだった清音に会いに来て、更に愛すべき征樹にも会えたのだ。
これはまるで運命と言わんばかりだと。
「そうか・・・そうですね。」
苦笑する征樹が愛らしい。
「しかし、どういった心境の変化で?いえ、こうしてここに来られた事は、大変良い事だと思ってますが。」
だが、自分が誘った時は、確かに断ったくせに・・・と、心の中で呟く。
「あ。あの後、ニアに会って色々と話しているうちに・・・かな。」
悪い傾向ではないので、鈴村は素直に喜ぶしかない。
「むぅ・・・。」
ふと、征樹の耳に唸り声(?)が聞こえてくる。
「うん・・・皆と来たくなった・・・というか、皆を紹介したくなったのかな。」
鈴村と征樹の如何にも親しげな雰囲気と見て、杏奈は面白くなかった。
唸り声を上げて拗ねるくらいに。
それは他の皆も同じだ。
杏奈と違って、そこまで大人気なく主張する事はしないが。
実際のところは、付き合いの長さなら杏奈どころか、奏すら上だ。
唯一そう見える要因があるとすれば、それは征樹の知らない母親像を知っているという点だけだ。
「鈴村さんにも紹介しますよ。"幼馴染"の杏奈。」 「幼馴染でーす。」
他の誰にも付かない称号(?)で紹介されたが故に、上機嫌かつ勝ち誇った笑みを鈴村に向ける。
現金なモノだとしか言い様がない。
「小学校時代の同級生のお姉さんで、中学の先輩の奏さん。」 「は、初めまして。」
杏奈的にはちょっと特殊な言い回しに引っ掛かりを覚えたが、奏自身はその前置詞に満足だった。
「で・・・こっちの人が、僕のお姉さん代わりみたいな琴音さん。」 「姉の琴音です。よろしく~。」
表情はとても温和そうに見える。
表面上だが。
まさに近しい距離にりる者の特権とでも言いたそうだった。
「そして、この人が、今の僕の保護者代わりで、"一緒に住んでる"静流さん。」
「"一緒に暮らさせてもらっています"、静流です。初めまして。」
なにやら激しく棘のある言い方だが、征樹は全く気づかなかった。
それよりも鈴村に、自分の周りの人間を紹介していくうちに、不思議な人間関係だなと一人、苦笑していた。
だが、紹介された側は、征樹の客観的な認識も知る事ができ、どちらかといえば最初の杏奈の抱いた感情と同じく概ね満足だった。
「この人は鈴村さんと言って、僕の母さんの昔からの知り合いなんだって。」
「どうも。」
鈴村のリアクションは簡素なものだった。
兎にも角にも、これで一通りの紹介を終えた事になる。
両者の間に流れる微妙な空気は変わった気配はない。
「征樹様、申し訳ありませんが、私はこれで・・・。」
「忙しいのに引き止めてすみません。」
「いいえ、大丈夫です。何の問題もありません。」
寧ろ熱烈大歓迎である。
「また何かありましたら、お誘い下さい。あ、それと・・・。」
「?」
「別れ際に"あの呼び方"はナシですよ?」
前回、赤くなった顔が元に戻るまで困った記憶が鈴村の脳裏に蘇る。
「え?"ランラン"ですか?可愛くて悪くはないと思ったのに。」
意外に気に入っていたのか、今注意されたにも関わらず、その呼び名を口にし、あまつさえ可愛いなどと言ってしまう征樹。
初めに口にした時は、非常に恥ずかしかったが、今は大分慣れたらしい。
「もうっ、征樹様ったら・・・。」
半ば呆れたような諭すような表情で、顔を赤らめながらすずむらは征樹の目線に合わせてその身を屈める。
そして、その頬にくちづけをして・・・。
「では、また。」
何事もなかったかのように、颯爽と去って行った。
怒るでもなく、どちらかというと仕返しの意味を、そして残された女性達には、今度こそ明確な宣戦布告をして・・・。