第C&Ⅲ十Ⅶ話:残されたモノが受け取るモノ。
征樹の自宅から電車とバス、それに徒歩を加えて2時間弱。
まばらな住宅街が点在する緑の囲まれた場所に墓地は存在していた。
周囲は緑・・・というより田畑で無駄に見通しがいい。
視界を遮る物といえば、逆に墓地くらいだった。
「完全に洋風なのね。征樹くんのお母様は、カソリックかなにか?」
キリスト教といっても、日本のように一応宗派のようなものがある。
「さぁ、詳しくは解らないです。僕もそんな歳じゃなかったから。」
「そう・・・。」
幼かった征樹が、そんな事を理解出来るはずもなかった。
迂闊な質問をしてしまったと静流は反省する。
「一応、お線香持ってきたけど、大丈夫かしら~?」
「お線香だってお香なんだから、大丈夫じゃない?」
実にアバウトな杏奈の回答である。
四角い石のプレート。
そこには氏名と数字が刻まれていた。
"KIYONE・AOI"
享年は計算すると、30歳となる。
(私と・・・変わらないのね・・・。)
その事実が、一層静流の胸に突き刺さる。
「火を使うなら、あらかじめ水を・・・。」
横から付け足すように奏が呟く。
「あ、じゃ、僕が借りて来ます。」
教会の建物へと走ってゆく征樹を見送った後・・・。
「初めまして・・・お母様。」
道中で購入した花束を琴音は、そっと地面、石のプレートの上に置く。
「さぞかし悔しくて、お辛かったでしょうね。」
沈痛な面持ちで花を置く琴音の後ろで、静流も呟く。
子より先に親が死ぬのは、基本的には自然の摂理だとはいえ、まだ幼い征樹を残して逝く事はなによりも無念であっただろう。
「でも、大丈夫だよ。征樹にはアタシ達がいるから。征樹が嫌だって言っても独りにはさせないから。」
母親が亡くなってから今までの征樹、祖父母の元へ行っていた期間を除いた全てを知っている杏奈は、自分の服の胸元をぐっと握り締める。
今は征樹が幸せである事が、そう居続ける事が杏奈の一つの望み。
「初めまして、お母様。葵くん・・・・・・征樹くんを生んでくれて、ありがとうございます。」
目の前で眠る彼女がいたからこそ、征樹がいるという確かな事実。
そして彼は、自分が手を伸ばせば触れられる距離にいる。
もう眺めるだけではないんだと・・・。
感謝の念と決意を、この場にいる誰もが持っていた。
「どうもありがとう。」
誰に言われるまでもなく杏奈もこれに倣う。
「ありがとうございます。」
静流も。
「感謝致します。」
勿論、琴音もだ。
皆が一様に征樹に少なからずも支えられた事がある。
それが今の女性陣の連帯感であり、反面、他者を大きくリードしづらい環境ともいえる。
ともあれ、結局誰を選ぶかなど、全て征樹次第なのだが・・・。
当の征樹が恋愛云々以前に、人間関係の作り方の土台を未だ構築中なのである。
今のところ、征樹の周りには彼に好意を持つ者しかいない。
しかし、世の中の人間全てがそうであるわけがない。
彼に嫌悪を抱いたり、攻撃的になる人間が現れた時にどう対処するか。
様々な問題がある。
琴音の元夫の件で、征樹がそれを経験する事になたのは皮肉な話といえるだろう。
「あとは、征樹くんが来て、お祈りしてピクニックね・・・あら?」
静流の声にその場にいた全員が彼女と同じ方向に視線を向ける。
そこには細い白のストライプが入ったダークグレーのスーツに身を包んだ鈴村が、手に花束を携えて立っていた。
「おや?」
自分の目的である墓の前にいる数人の女性達。
今まで毎年墓参りをしている鈴村だが、このような事態に出くわした事は一度たりともなかった。
とすると・・・。
「征樹様のお知り合いの方、ですね?」