第C&Ⅲ十Ⅲ話:輪の中へ。
「けど、意外と元気だし、周りの人と馴染んでたね。」
突然の訪問で驚いたニアだったが、クラスメイトに断りを入れ、今は中庭に場所を移していた。
正直、衆人環視での会話は恥ずかしく願い下げだったので、征樹としてもそれは願ったり叶ったりである。
ただ、突然現れた征樹に対するクラスメイトの好奇の目と黄色い声(?)で、結局恥ずかしい思いをしたのは、変わりがなかった。
(なんか、なんで、こんなコトに。)
そう思っても、ニアに悪気は全くないというのが解りきっているだけに、なんとも言えない気分になる。
「楽しいデス。」
てへへと笑うニアが、ことのほか可愛く見えてしまって、強く言い出せないというのもあったが。
いもしないのに、彼女が妹のように見えてしまうのは何故だろうと、征樹は心の中でしきりに首を傾げるしかなかった。
「自分カラ・・・。」
「ん?」
「自分カラ笑わナイと、相手モ笑っテくれナイって・・・。」
「自分から笑わないと、か・・・。」
何もしなければ、何も変わらない。
そんな単純な理屈は、赤ん坊でも解る。
しかし、自分から笑いかけた時に、もしそれが相手から返ってこなかったら?
それはとても恐い事だと征樹には思える。
無防備に笑うという事も難易度が高い。
「ニアは偉いね。」
ぐっと手を伸ばして、高い位置の頭を撫でる。
果たして自分は、そんな風に自然に周りの人達に笑いかけられているだろうか・・・?
やはりこれも難易度が高いように思える。
(壁を作っているのは、僕の方なんだろうね・・・。)
それでも、そんな簡単に恐怖心が薄れたり、割り切れたりするものではない。
「そんなコト、ナイ・・・デス。」
褒められたのが嬉しかったのか、ニアの頬はほんのり赤い。
「僕にはうまく出来ない事だから、それだけでも僕には凄いって思えるよ。」
それでも愛想笑いくらいは出来る、と心の中に付け足したが。
「?デモ、お兄サン、私にはヨク笑ってくれマス。」
「僕が?」
「ハイ。」
「笑ってる?」
「ハイ。」
当然、征樹に自覚症状はない。
「そうなのか・・・。」
他人に指摘されるまで気づかないのが、征樹らしい。
「ダカラ、お兄サンと話スの楽しい、デス。」
再び照れ笑いをするニア。
「もっと沢山話したくナルデス。もっと仲良ク。そしたら家族、なれマス。」
「いや、それはなれないんじゃないかな。」
「えっと、家族、日本の家族と違ウ意味。大切な大切な輪の中って、意味デス。」
「大切な輪か・・・。」
ニアの言葉足らずな説明を、なんとなくだが征樹なりに理解する。
(僕は・・・誰を輪の中に入れられるんだろう・・・?)
今日、何度目かの自問自答。
「だから、私、沢山、沢山、色んな人と沢山話すデス。」
一人息巻くニアを見て、征樹は微笑む。
「そうだね。僕ももっとニアみたいに話さないとね。」
今度こそ、自覚して出た微笑だった。
微笑んだまま、ニアの頭をもう一度撫でる。
(若いっていいなぁ・・・。)
ふとニアの頭を撫でながらしみじみと思う征樹だったが、ニアは身長が大きいだけで、確かに若い。
しかし、そもそもが征樹と一つ違いなのだ。
ニアが若いというのではなく、征樹が年寄りくさい、或いは実年齢より落ち着き過ぎているといった方が正しいだろう。
「ニア、ありがとう。お陰で為になったよ。」
まさかニアに教えられるとは思っていなかった。
いや、ニアだから教えられたのだろう。
征樹はそういう考えに至る。
「え・・・と・・・どういたまして。」
「・・・それを言うなら、"どういたしまして"だよ。」
「あ・・・あぅ・・・。」
どうやら、まだまだ自分が教えられる事の方が多そうだ、と征樹は再び笑ってニアと別れた。
道中、色々な事を征樹は考えながら。
ニアの笑顔を言葉を反芻しつつ、征樹は帰宅したのだった。
そして、征樹は今日一日で考えた事の結論を発表しようと決心しながら・・・。