第C&Ⅲ十Ⅱ話:妹?
鈴村との面会を終え、もはや定番と化している脱兎的逃走を敢行した征樹。
これで、第一の目的を果たしたわけだが・・・恥ずかしさで上がった心拍数を整えるのに、かなりの時間を要した。
(誰かを愛称で呼ぶってなかったもんなぁ・・・。)
唯一挙げるとしたら、琴音を呼ぶ時の"琴姉ぇ"くらいだろうか?
そういえば、そう呼ぶのも最初はかなり恥ずかしく、照れまくりだった記憶があるのを思い出した。
つい最近の事なのに、結構昔のような気もしてくるから不思議だ。
今回のは、それよりも更に高いレベルを要求されるものだった。
(これも初体験ってヤツか。)
などと微妙、いやかなりズレた発想をしながら、心拍数を整えた征樹は、敷地内を歩き出す。
次はキルシェと話した通り、ニアへ会いに行く為だ。
勝手知ったる、とは言わないが、流石に一度案内・説明された事のある場所、迷う事なく目的地に向かう事が出来た。
途中、所々にあった案内板のお陰という説もあるが。
中学生のクラスが入っている校舎、学年さえ解れば、クラス数がそんなに無い以上、すぐに見つかるだろう。
それよりも問題なのは、征樹が学校を休みの今、ニアが教室にいるとは限らないという事だ。
(・・・居なかったら・・・図書室でも覗いて帰ろう・・・。)
自習をするなら図書室と、それ以外は思いつかない征樹は、そうと決まるや否や片っ端から教室を覗いて回る事にした。
「私立は、綺麗でいいなぁ。」
征樹の通う公立の学校とは造りからして違う。
入口からもう清掃が行き届いている。
とりあえず、手前の教室から順に中を覗いて行く征樹。
「・・・あ。」
一つ、二つ、三つと・・・そしてフロア最後の教室を覗いた所で、一際目立つ少女がそこにいた。
(やっぱり待ち合わせに便利だなぁ。)
あくまでも征樹的には、褒めているのだが、逆にそれが少々残念な子にも思える。
教室にいるニアを見て、征樹は思わず微笑んだ。
クラスメイトである数人の女の子達と談話しているニア。
征樹と二人の時にいた気弱なニアは何処にもいないような光景がそこにはあった。
楽しそうに話すニアは、以前話した時とは違い、一生懸命話しているようにも見える。
けれども、それに対して自分は・・・。
と、征樹は思う。
周りに心配ばかりかけて、怪我までして・・・。
別段、自分が頼んだわけでもないのだが、こんなにも良くしてもらっている事に対しての罪悪感。
何一つ返せていないという強い想いが湧いてくる。
無意識に征樹の手が、自分自身の頬に触れる。
怪我をしていない方の頬、ここに触れるのは怪我をしてから何回目だっただろう?
自問自答。
「征樹お兄サンッ!」
「え?」
ニアの元気な姿を見て満足していた征樹だったが、どうやらニアの方が征樹に気づいたらしい。
笑顔を浮かべて猛然とこちらへ駆けて来る・・・それはもう、激突してきそうな勢いで。
だが、向こうは気にしていないだろうが、身長の高いニアが突っ込んでくるという事は、それだけ衝撃があるという事で・・・。
征樹は慌てて身構える。
それでも、受け止められる自信はあまりなかったが・・・。
「うぇっ。」
思わず呻いた。
「どうして、来たデスカ?」
一瞬、バスと徒歩で、と言いそうになったのは秘密だ。
(何とか、大丈夫だった・・・。)
どちらかというと、ひっくり返らなかった自分を褒める征樹だった。
「ちょっと、知り合いを訪ねに。」
にこにこと征樹に抱き止められたままのニア。
余程嬉しいのか、なかなか離れようとしない。
「ついでにニアが元気にしてるかなって。」
「ハイ、元気デス。」
彼女の笑顔に、いつしか征樹も微笑む。
ニアの頭を撫でて・・・。
「でも、ニア、日本はあんまりハグする習慣はないから、色んな人にしちゃダメだよ?」
「ぁ・・・。」
そこでようやく決まりが悪そうに、そろそろと征樹から離れる。
「お姉サンには・・・。」
「うん、内緒にしておく。」
ニアが離れた時、何故だか少々寂しく、そして彼女を自然に受け止めている自分に驚く。
それは些細な事かも知れないが、何か自分が変わっていく気がした・・・。