第C&Ⅲx十話:シロクロ。
(・・・気まずい。)
そう思ったのは征樹だけの錯覚ではなく、部屋全体に微かな空気が漂っている。
その原因は明白で、キルシェがさっさと退散してしまい、部屋の中に征樹と鈴村の二人だけで取り残されたからだ。
(何か話さないと・・・。)
だが、征樹の脳裏に浮かんだのは一つだけで、しかも口に出すのも憚られる内容だった。
流石に『鈴村さんて、女性だったんですね?』というのは、お粗末を通り越して、マスケ過ぎる。
「・・・昔も、キルシェが言っていたような事をよく言われました。」
「?」
何を話そうか話題を探しているところに、鈴村が先に話題を切り出す。
「征樹様のお母様にです。『あなたは"女の子"なんだから。』って。」
「母さんが?」
いきなり出てきた母の話題に驚きの声を上げる。
「えぇ、当時の私はヤンチャで・・・男の子顔負けの格好と振る舞いでしたから。怪我なんて、それはもう毎日のように。」
男性顔負けというのは、今もそんなに変わっていないのだろうと征樹は思う。
ただ昔の鈴村は、そんな今よりも相当アクレッシヴだったようだ。
「嫌いだったんですよ、男とか女とか。それだけでなく、どうしようもなく比べられ続ける社会というのが。」
「人の・・・価値観はそれぞれだと・・・思う。」
征樹だって社会に嫌気がさす時は何度もあったし、以前は社会との接点なんて杏奈と瀬戸くらいだったから。
「そうですね。どちらかと言えば、大人達に失望していたのかも知れません。でも、清音様は、お母様はそんな大人達とは違いました。」
にっこりと満面の笑みで、征樹を見つめる。
「あの人のような人間になりたかった。一種の憧れのようなものですね。」
「・・・ありがとう。」
「え?」
「僕はあまり母さんの事を覚えていないけど、でも母さんはそんな風に言われたらそう言うかなって・・・。僕がもし、同じ事を誰かに言われたら、そう思うから。」
きっと母は、そう胸に秘めて今も生きている鈴村にそう言うだろうと征樹は思った。
自分のように、そして自分と違って今も生きている彼女に。
「そう・・・ですか。ならば、とても嬉しいです。」
きっとこれを言う為に、そして自分に代わって愛しい息子を支える為に。
その為に征樹と自分を引き合わせたに違いない。
鈴村は、異様な熱を帯びながら確信していた。
「鈴村さんは、本当に母が好きだったんですね。」
「はい。憧れでもあり、同時に初恋のようなモノでしたから。」
それはとうに過ぎ去った過去の遺物のような想いのハズ。
だったのだが・・・。
『征樹は、初恋の人が生んで愛した子だ。しかも今度は結ばれる事が不可能ではない相手だな。な?』
悪友・・・いや、悪そのものの笑みをしてキルシェが去り際に鈴村に耳打ちした言葉がコレだ。
この言葉のお陰で、鈴村は変に征樹という男性の存在を強く認識してしまった。
鈴村的には、あとでキルシェを捕まえて締め上げねば気が済まない。
「初恋か・・・。」
ふと、征樹は自分にとって初恋なんてあっただろうかと考え始める。
(好きな人の定義ってなんだろう?)
憧れ、常に傍らにいて欲しい人、独占したい相手、好きな人。
次々とそれらしい言葉が脳裏に過ぎる。
そして、実は今、暮らしている状態というのがそれに近いのではないだろうかと思い至る。
一方の鈴村は、征樹の初恋という言葉を聞いて・・・。
(今もまだ終わっていないのかも知れませんね・・・。)
と、心の中で呟き、思案げにしている征樹を顔を見ながら、少々息が荒くなっていた。
「初恋かぁ。」
「えぇ、初恋です!」
「ん?」
「え?」
なんとなしに呟いてみた言葉に対して、強く反応された征樹は思わず鈴村と見つめ合うのだった。